細菌ウイルス尾部ファイバーの柔軟な運動が感染を制御する
細菌にのみ感染するウイルス(バクテリオファージ)は多剤耐性細菌克服への治療応用への可能性から、近年注目を集めています。この度、金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の紺野宏記准教授、生命理工学専攻博士前期課程、ナノ精密医学・理工学卓越大学院プログラムに所属する山本颯馬さん、WPI-NanoLSIの古寺哲幸教授らの研究グループは、ハンガリー・センメルワイス大学 生物物理学・放射線生物学教室Balint Kiss助教とMiklos Kellermayer 同教授らとの共同研究により、バクテリオファージが宿主(細菌)細胞表面を認識する過程で必須な動態メカニズムの解明に成功しました。本研究では、T7バクテリオファージ(※1)などのバクテリオファージの尾部ファイバー(tail-fiber)に着目しました。これらの尾部ファイバーは、Semmelweis University(ハンガリー・ブダペスト)の生物物理学・放射線生物学部門において発現・精製されWPI-NanoLSIにおいて高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)を用いて構造動態が観察されました。T7バクテリオファージ尾部ファイバー複合体のHS-AFMによる観察から、T7尾部ファイバーが曲げ変形(bending)とねじれ変形(torsion)の両方に対して高い柔軟性(compliance)を有することを明らかにしました。本研究は、バクテリオファージの尾部ファイバーの動的なダイナミクス(構造変化)が細菌への感染過程に大きな影響を及ぼすことを示しました。このような柔軟な構造特性は、ウイルスが宿主細胞表面を探索し、適切な受容体を認識する際に利用されている可能性があります。
本研究成果は、2026年6月19日(ドイツ時間)に国際科学誌『Small』のオンライン版に掲載されました(オープンアクセス)。
【研究の背景】
バクテリオファージは、多剤耐性細菌に対する新たな治療法として期待されており、近年大きな注目を集めています。本研究では、T7バクテリオファージの尾部ファイバーの構造ダイナミクスについて調べました。T7バクテリオファージ粒子(virion)は、正二十面体(icosahedral)のタンパク質殻(カプシド)(※2)と尾部ファイバーから構成されています。この尾部ファイバーは、細菌標的の認識およびウイルスDNAの注入に関与しています。T7バクテリオファージには、尾部チューブに連結した約40 nmのL字型ファイバーが6本存在し、これらは宿主の初期認識に不可欠であり、さらに宿主細胞表面の探索にも関与している可能性があると考えられています。感染の最初の段階では、バクテリオファージは尾部ファイバーを介して細菌の外膜を認識し、結合します。その直後に、尾部チューブを介した結合によってバクテリオファージ全体が細胞表面に完全に固定化されます。しかし、これらの結合過程がどのような順序で進行し、何を引き金として次の段階へ移行するのかについては、現時点では全容は明らかになっていません。
【研究成果の概要】
高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)と分子動力学(MD)シミュレーション、および小角X線散乱(SAXS)を組み合わせることで、単離した尾部ファイバーおよび尾部ファイバーの分子構造と動態を解析しました(図1)。

図1. 宿主認識の過程において、T7バクテリオファージの尾部ファイバーは、カプシドに沿って折りたたまれた状態(capsid-bound state)から伸展した構造(extended conformation)へと移行する。この構造変化には、尾部ファイバーにある程度の柔軟性が必要である(左)。高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)を用いた解析により、尾部ファイバーには内部の分子ヒンジと、ねじれに対して高い柔軟性をもつコイルドコイル領域が存在することを明らかにした(右)。これらの柔軟性を利用することで、バクテリオファージは「歩く(walking)」ような動きにより宿主細胞表面を探索していると考えられる。
その結果、尾部ファイバーの近位部と遠位部をつなぐ屈曲部(kink region)が分子ヒンジとして機能し、大きな曲げ運動を可能にしていることが明らかになりました。さらに、近位部に存在する三重らせんコイルドコイル構造(triple-helical coiled-coil structure)(※3)では、部分的な巻き戻り(unwinding)と再巻き付き(rewinding)が生じることで、尾部ファイバーの回転およびねじれ運動が可能になることが示されました。これら2つの動的領域によって、尾部ファイバーは大きくかつ迅速に屈曲・伸展することができ、その結果、バクテリオファージは宿主細胞表面上で効率的に固定化部位(anchorage sites)を探索できると考えられます。このような尾部ファイバーによる宿主表面のトポロジカル探索(topological search)は、宿主認識に共通する普遍的な機構である可能性が高く、この過程を制御することで、ファージと細菌との感染プロセスを精密に調節できる可能性があります。
【今後の展望】
本研究では、T7バクテリオファージの尾部ファイバーが示す大規模な運動を明らかにし、これらの運動が宿主細胞表面を探索する過程で利用されている可能性を示しました。今後は、本研究の発展として、HS-AFMを用いて生きた細菌表面における尾部ファイバーの動態を直接観察することを目指しています。さらに、光ピンセット(optical tweezers)を用いて、尾部ファイバーと宿主細胞との結合に伴うナノメカニクスについても解析する予定です。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Large-Scale Structural Dynamics in the Tail Fiber Modulate the Infective Transition of the T7 Bacteriophage.
- 著者
- Luca Elizabet Kosik, Miklós Cervenak, Dominik Sziklai, Andrea Balogh-Molnár, Negar Rahimi, Bence Fehér, Soma Yamamoto, Hiroki Konno, Noriyuki Kodera, Holger Flechsig, Romain Amyot, Heinz Amenitsch, Hedvig Tordai, Levente Herényi, Ana Cuervo, Miklós Kellermayer, Bálint Kiss.
- 掲載誌
- Small
- 掲載日
- 2026.06.19
- DOI
- 10.1002/smll.74269
- URL
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smll.74269

