抗がん剤で安定化した微小管に潜む「ナノ欠陥」 ―高速AFMで崩壊の瞬間を捉えた!―
金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻博士後期課程3年/「知」の共創と往還で実現する新価値創造人材育成プロジェクト(HaKaSe⁺ for SPIRNG)選抜学生の張 昕と、ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)/新学術創成研究機構のリチャード・ウォング教授らの共同研究グループは、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(※1)を用いて、細胞骨格を構成する微小管(※2)がナノメートルサイズの局所的な構造欠陥を起点として崩壊していく過程をリアルタイムで可視化することに成功しました。
微小管は、細胞分裂や細胞内輸送など生命活動に不可欠な細胞骨格です。これまで微小管の急速な崩壊(カタストロフィー)は、主として微小管の「端」で始まる現象として理解されてきました。しかし、微小管内部に生じる小さな構造欠陥が、その後の崩壊にどのように関わるのかについては、ナノメートルスケールでその瞬間を直接観察することが困難でした。
さらに、微小管は端からだけでなく、途中に生じた「ナノ欠陥」を起点として崩壊することが分かりました。つまり、一見安定している微小管にも小さな「弱点」が存在し、それが全体の崩壊につながる可能性があります。重要なのは、すべてのナノ欠陥がそのまま崩壊につながるわけではなく、一部は一時的に修復・回復することです。つまり、微小管は単なる硬い「管」ではなく、局所的な損傷と修復を繰り返しながら安定性を維持する、動的なナノ構造体であることが明らかになりました(図1)。
本研究成果は、2026 年 10 月21日に米国化学会の国際学術誌『ACS Nano』のオンライン版に掲載されました。
【研究の背景】
微小管は、α-チューブリンとβ-チューブリンからなるタンパク質が規則正しく集合して形成される、直径約25ナノメートルの管状構造です。細胞の形態維持だけでなく、染色体の分配や細胞内物質輸送など、多くの生命現象に関わっています。
微小管には、伸長と短縮を繰り返す「動的不安定性」と呼ばれる特徴があります。従来、微小管が急速に短縮へ移行するカタストロフィーは、主として微小管末端に存在するGTPキャップの消失によって引き起こされると考えられてきました。 しかし、これまで用いられてきた蛍光顕微鏡やクライオ電子顕微鏡などでは、微小管内部に生じる数ナノメートルの構造変化を、同じ微小管についてリアルタイムに追跡することは容易ではありませんでした。そこで本研究グループは、ナノメートルの空間分解能とサブ秒~秒レベルの時間分解能を併せ持つ高速AFMを利用し、微小管が実際に崩壊する過程を直接観察しました。
【研究成果の概要】
本研究グループは、抗がん剤パクリタキセル(※3)によって安定化した微小管を高速AFMで観察しました。まず、高倍率で微小管表面を観察すると、約8~9 ナノメートル間隔の周期構造が確認され、α/β-チューブリン二量体に対応する微細な格子構造を捉えることができました。ところが、長時間観察すると、全体として安定している微小管の一部に、突然小さな構造異常が現れることが分かりました。最初はわずかな凹みとして現れた構造変化が徐々に拡大し、約8 ナノメートルスケールの明瞭なナノ欠陥へ成長する過程が直接観察されました。
さらに、これらのナノ欠陥には異なる「運命」がありました。ある欠陥は一時的に現れた後に回復しました。一方、別の欠陥は徐々に拡大し、微小管内部の構造的な連続性が失われ、その場所を起点として崩壊が始まりました。本研究では、欠陥形成、部分的な修復、停止、再編成、そして崩壊へと至る一連の動的過程が観察されました。
これらの結果から、本研究グループは微小管のカタストロフィーを、末端だけで決まる現象としてではなく、微小管のどこに構造的な弱点が生じるかによって崩壊の方向や様式が決まる「空間的にコードされた現象」として捉える新しい考え方を提示しました。今回の成果には、特に次の3点があります。
① 微小管内部に生じるナノ欠陥をリアルタイムで直接観察
高速AFMを用いることで、安定して見える微小管の途中に局所的な欠陥が形成・拡大していく過程を直接捉えました。
② 「端から崩れる」だけではないことを可視化
微小管の途中に生じたナノ欠陥を起点として、崩壊が左右両方向へ広がる現象を直接観察しました。
③ ナノ欠陥には「修復」と「崩壊」という異なる運命がある
欠陥の一部は自然に修復される一方、修復されない欠陥は微小管の崩壊へと進みました。この結果から、ナノ欠陥 → 構造再編・結合の弱まり → 崩壊 → カタストロフィーという微小管崩壊の構造的な枠組みを提案しました(図2)。
【今後の展開】
微小管は、細胞分裂、染色体分配、細胞内輸送など、多くの生命現象を支える重要な細胞骨格であると同時に、パクリタキセルをはじめとする抗がん剤の主要な標的でもあります。
今回の研究から、パクリタキセルによって全体として安定化された微小管であっても、ナノメートルスケールでは局所的な構造的不均一性や弱点が残っていることが示されました。今後、細胞内でも同様のナノ欠陥がどのように形成・修復されるのか、また微小管結合タンパク質や抗がん剤がこの過程にどのような影響を与えるのかを明らかにすることが重要です。
さらに、微小管格子の安定性や欠陥の修復・進展を制御する因子を理解することは、将来的にパクリタキセルなどの微小管標的薬に対する感受性や抵抗性を理解する新たな手掛かりになる可能性があります。ただし、試験管内でパクリタキセル処理を施した微小管を対象とした研究であり、薬剤耐性との直接的な因果関係を実証したものではありません。論文自体もこの点を慎重に位置付けています。

図1: 高速AFMで捉えた微小管の小さな傷から始まる崩壊のしくみ
高速AFMを用いて、微小管を構成するタンパク質の規則的な並びや、微小管同士がつながる様子を観察しました。また、微小管の一部では構造が変化した後に回復する現象が見られる一方、微小管の崩壊が端からだけでなく、途中から両方向へ広がる様子も捉えました。これらの結果から、微小管に生じた小さな「傷(ナノ欠陥)」が、修復される場合もあれば、全体の崩壊につながる場合もあることが分かりました。本研究では、こうした現象を説明する新たなモデルを提案しました。出典:Zhang et al., ACS Nano (2026) の複数の図を基に作成。日本語化・再構成・改変。CC BY 4.0.

図2: 高速AFMで見えた!微小管の「ナノ欠陥」から始まる崩壊のしくみ
微小管は、細胞の中で物質を運ぶための「レール」として働いたり、細胞分裂を支えたりする重要な構造です。微小管は、チューブリンというタンパク質が集まってできた細長い管で、複数の「プロトフィラメント」が互いに結合することで形を保っています。高速AFMによる観察から、微小管の途中に生じた小さな「ナノ欠陥」が、その後の構造変化や崩壊のきっかけとなることが分かりました。ナノ欠陥の一部は構造が回復する一方、別の欠陥では、微小管を構成するタンパク質同士の結合が弱まり、崩壊が広がっていく様子が観察されました。本研究では、こうした現象を説明するため、SLD(自発的格子脱共役)モデルを提案しました。これは、微小管の安定性が全体の構造だけでなく、局所的なナノ欠陥の変化によっても左右されることを示すモデルです。※一部 OpenAI の生成AI サービス「ChatGPT」を使用して作成。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Zooming into the Cytoskeleton: Nanodefect-Initiated Microtubule Catastrophe Filmed by High-Speed Atomic Force Microscopy (細胞骨格をナノスケールで見る:高速AFMが捉えたナノ欠陥から始まる微小管カタストロフィー)
- 著者
- Xin Zhang1, Keesiang Lim2, Tomohiro Shima3, Elma Sakinatus Sajidah1, Masaharu Hazawa2,4, Masahide Kikkawa5, Toshio Ando2, Richard W. Wong2,4,# (張 昕1、キイシヤン・リン2、島 知弘3、エルマ・サキナテゥス・サジダー1、羽澤 勝治2,4、 吉川 雅英5、安藤 敏夫2、リチャード・ウォング2,4,#) 1. 金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻 2. 金沢大学ナノ生命科学研究所 3. 東京大学大学院理学系研究科 4. 金沢大学新学術創成研究機構真理探究研究コアセルバイオノミクスユニット 5. 東京大学大学院医学系研究科 #. 責任著者
- 掲載誌
- ACS Nano
- 掲載日
- 2026.10.21
- DOI
- 10.1021/acsnano.6c07269
- URL
- https://doi.org/10.1021/acsnano.6c07269

