3本のmRNAでがん免疫を“設計”する ― 抗原・共刺激・サイトカインを束ねたモジュール型mRNAカクテルを開発 ―
金沢大学医薬保健研究域医学系/ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の山野友義准教授、華山力成教授、金沢大学医薬保健研究域医学系博士研究員Toan Van Le(ナノ精密医学・理工学卓越大学院プログラム令和8年度9月期修了者、研究当時大学院医薬保健学総合研究科医学専攻博士課程4年)らの研究グループは、長崎大学熱帯医学研究所と共同で、腫瘍抗原・共刺激分子・サイトカインの3種類のmRNAを組み合わせた「モジュール型mRNAカクテル」を開発し、がん抗原に特異的なT細胞を相乗的に活性化することに成功しました。
mRNAワクチン(※1)は新型コロナウイルス感染症で大きな成功を収め、がん治療への応用が進んでいます。しかし、がん細胞がもつ抗原(腫瘍抗原)は免疫系から「異物」と認識されにくく、抗原のmRNAを投与するだけでは十分な免疫反応が得られないという課題がありました。本研究グループは、抗原のmRNAに加えて、T細胞に「活性化せよ」という二つ目の合図を送る共刺激分子CD80(※2)と、細胞膜上につなぎ止めた膜結合型サイトカイン(※3)のmRNAを同時に投与する設計を採用しました。
その結果、マウスにおいて抗原特異的なキラーT細胞(CD8陽性T細胞)が腫瘍抗原mRNA単独投与の2倍以上に増え、がんの増殖抑制と生存期間の延長が認められました。さらに、組み合わせるサイトカインをIL-2からIL-12に替え、腫瘍抗原をMHCクラスII結合型に設計し直すと、同じ仕組みでヘルパーT細胞(CD4陽性T細胞)のTh1細胞(※4)への分化を誘導できました。両者を組み合わせて投与すると、腫瘍が完全に消失する個体が複数認められ、再移植にも抵抗性を示しました。加えて、ヒト型のHLA-A*02:01を発現するマウス(HLA-A*02:01トランスジェニックマウス、※5)でも、がん抗原NY-ESO-1(※6)に対する細胞傷害性T細胞を誘導できることを確認し、臨床応用に向けた基盤となる成果が得られました。
本研究成果は、個々の患者のがんに合わせて組成を設計できる「プログラム可能ながんワクチン」の実現への貢献が期待されます。
本研究成果は、2026年9月22日に国際学術誌『OncoImmunology』のオンライン版(オープンアクセス)に掲載されました。

【研究の背景】
mRNAワクチンは、新型コロナウイルスワクチンとして短期間で実用化され、現在はがん免疫療法への応用が各国で進められています。患者ごとのがん変異に由来するネオ抗原(※7)をコードしたmRNAワクチンの臨床試験も始まっています。
しかし、腫瘍抗原の多くは正常な自己成分に近く、免疫原性が低いという本質的な課題があります。このため、腫瘍抗原mRNAを単独で投与しても得られる免疫反応は限定的で、免疫チェックポイント阻害薬などとの併用が前提となる例が少なくありません。
そもそもT細胞が十分に活性化するには、①抗原提示(T細胞受容体への刺激)、②共刺激分子による補助シグナル、③サイトカインによる増殖・分化シグナルという三つの合図が必要です。ところが、mRNAが樹状細胞以外の細胞に取り込まれた場合、その細胞は共刺激分子をもたないため、ナイーブT細胞を直接活性化できません。この場合は、抗原が樹状細胞へ受け渡され、交差提示される過程に依存することになり、効率が制限されます。
本研究グループは、この制約を回避するために、抗原を提示した細胞そのものが三つの合図をすべて同時に出せるようにするという発想に立ち、抗原・共刺激分子・サイトカインを別々のmRNAとして同時に投与する「カクテル」型の設計を考案しました。
【研究成果の概要】
本研究グループはまず、①腫瘍抗原(提示効率を高めるMITD(※8)を融合)、②共刺激分子CD80、③CD8αの細胞外ドメインに融合して細胞膜上につなぎ止めたIL-2、の3種類のmRNAを別々に合成しました。いずれもN1-メチルシュードウリジンと128塩基のポリA鎖を備え、安定性と翻訳効率を高めてあります。これらを細胞に導入すると、抗原提示複合体・CD80・IL-2が細胞表面に同時に提示され、抗原特異的なキラーT細胞の増殖は、抗原mRNA単独やいずれか一方のみを加えた場合を上回りました。
次に、3種類のmRNAをリポソーム製剤として週1回、計3回マウスに静脈内投与したところ、脾臓中の抗原特異的CD8陽性T細胞の割合は、抗原mRNA単独の24.3%から56%へと上昇しました。これらのT細胞はエフェクター型の性質を示し、IFN-γを産生していました。担がんマウスでは腫瘍の増大が強く抑えられ、生存期間が延長しました。腫瘍内に浸潤したリンパ球に占めるCD8陽性T細胞の割合も4.6%から13.5%へと増加し、腫瘍局所での免疫応答の増強が裏づけられました。
がん細胞が本来もつ変異に由来するネオ抗原(Rpl18)を標的とした場合も同様の効果が得られ、静脈内投与に腫瘍内投与を組み合わせると、腫瘍が完全に消失する個体が現れました。また、あらかじめ投与して腫瘍を移植する予防接種モデルでも腫瘍の進行が遅れ、腫瘍が消失した個体は同じ腫瘍の再移植に強い抵抗性を示したことから、防御的な免疫記憶が成立していることが示されました。
さらに本研究グループは、カクテルの「中身を差し替える」ことで誘導する免疫の種類を変えられるかを検証しました。IL-2を膜結合型IL-12に替え、抗原をMHCクラスII分子と連結した構造にしたところ、抗原特異的なCD4陽性T細胞が増加し、そのうち27%がTh1分化への中心的な転写因子T-betを発現し、IFN-γを産生しました。MHCクラスI型とクラスII型の二つのカクテルを日をずらして交互に投与すると、いずれか一方のみの場合よりも腫瘍抑制効果が高まり、キラーT細胞とヘルパーT細胞を協調的に動員できることが示されました。
最後に、ヒト型のHLA-A*02:01を発現するトランスジェニックマウスを用い、ヒトがん抗原NY-ESO-1を標的としたカクテルを投与しました。抗原mRNA単独では抗原特異的T細胞はほとんど増えませんでしたが、カクテル投与では明確な増加が認められ、生体内で標的細胞を選択的に排除する細胞傷害活性も確認されました。

モジュール型mRNAカクテルによる抗原特異的T細胞の活性化
腫瘍抗原、共刺激分子CD80、膜結合型サイトカインの3種類のmRNAを同時に投与すると、同一の細胞上にT細胞活性化に必要な三つの合図がそろい、腫瘍抗原特異的なT細胞が相乗的に活性化される。サイトカインと抗原提示分子の組み合わせを替えることで、キラーT細胞(CD8陽性)を主体とする応答と、ヘルパーT細胞(CD4陽性)のTh1応答を使い分けられる。両者を組み合わせた投与では腫瘍の完全退縮と、再移植に対する防御免疫が認められた。
【今後の展開】
本研究により、抗原・共刺激分子・サイトカインという三つの要素をmRNAとして自在に組み替え、誘導したいT細胞応答を設計できるプラットフォームが確立されました。
今後は、樹状細胞を標的とする脂質ナノ粒子(LNP)製剤への搭載による送達効率の向上、投与量・投与間隔・投与経路の最適化、膜結合型サイトカインの体内分布と安全性の詳細な評価を進めます。さらに、ヒトの抗原提示細胞とT細胞を用いた検証や、免疫チェックポイント阻害薬との併用により、個々の患者のがんに合わせて組成を設計できる「プログラム可能ながんワクチン」の実現が期待されます。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Modular mRNA cocktail enables synergistic activation of antigen-specific T cells for cancer immunotherapy (モジュール型mRNAカクテルによる抗原特異的T細胞の相乗的活性化とがん免疫療法への応用)
- 著者
- Toan Van Le, Shota Imai, Iriya Fujitsuka, Makie Ueda, Sayuri Nakamae, Shusaku Mizukami, Rikinari Hanayama, Tomoyoshi Yamano (Toan Van Le、今井翔太、藤塚偉利哉、上田真喜栄、中前小百合、水上修作、華山力成、山野友義)
- 掲載誌
- OncoImmunology
- 掲載日
- 2026.09.22
- DOI
- 10.1080/2162402X.2026.2736339
- URL
- https://doi.org/10.1080/2162402X.2026.2736339

