がん細胞が放出する微小な「メッセージ」の表面を直接見る ―高速AFMで細胞外小胞上のPD-L1抗体結合をリアルタイム可視化―
金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻博士前期課程2年の今川怜音、ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)/新学術創成研究機構のリチャード・ウォング教授らの共同研究グループは、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(※1)を用いて、がん細胞が放出する直径数十から数千nmの微小な細胞外小胞(Extracellular Vesicle: EV)(※2)の表面にある免疫チェックポイント分子PD-L1(※3)に、抗体が結合する様子を、EV1粒子ごとにリアルタイムで観察し、その結合の特徴を数値化することに成功しました。
従来、EV上のPD-L1は主に「どれだけ存在するか」という発現量によって評価されてきました。しかし本研究では、高速AFMを用いることで、抗体などの分子がPD-L1に実際にどの程度アクセスできるかという「機能的アクセシビリティ(functional accessibility)」を、個々のEVごとに計測することに成功しました。これにより、タンパク質の「量」だけでなく、「標的分子に抗体が実際にアクセスできるか」という機能的な特徴を、EV1粒子レベルで評価できるようになりました。
さらに、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)(※4)細胞由来の直径200nm以下の小型細胞外小胞(sEV)では、抗PD-L1抗体が長時間安定して結合する様子が多く観察されました。一方、PD-L1発現量の低い乳がん細胞由来sEVでは、一過性の結合やsEV表面を移動するような動的な相互作用が主に観察されました。また、TNBC患者由来の細胞から得られたsEVでも、抗体の結合動態にはsEVごとに違いが見られました。
本成果は、タンパク質を単に「量」として測定する従来の解析に加えて、「標的分子が実際に外部からアクセス可能か」という機能的な特徴をsEV1粒子レベルで測る新しい機能的ナノフェノタイピング(※5)への道を開くものです。これらの結果から、PD-L1に対する抗体の結合のしやすさや結合状態は、小胞ごとに多様性があることが示されました。今回の成果は、発現量だけでは捉えられない、タンパク質の機能的な違いを明らかにする、新しい解析手法の確立につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年9月17日に国際学術誌『Small Methods』のオンライン版に掲載されました。
【研究の背景】
がん細胞をはじめほぼ全ての生細胞は、EVと呼ばれる直径数十~数千ナノメートル程度の不均一な小さな脂質二重膜で囲まれたカプセル(小胞)を周囲に放出しています。EVにはタンパク質、脂質、核酸などさまざまな分子が含まれ、細胞間の情報伝達に重要な役割を果たしています。
特に、がん細胞由来EVの表面には、免疫チェックポイント分子であるPD-L1が存在することが知られています。PD-L1は免疫細胞のPD-1と結合することで免疫反応を抑制するため、がんの免疫回避や免疫チェックポイント阻害薬による治療との関連が注目されています。
しかし、これまでのウェスタンブロッティング、ELISA、フローサイトメトリーなどの解析法では、主としてPD-L1の発現量を測定していました。そのため、EV表面にPD-L1が存在していても、それが実際に外部の抗体や受容体からアクセスできる状態にあるのか、さらにその状態が小胞ごとにどの程度異なるのかを直接調べることは困難でした。そこで本研究グループは、「PD-L1がどれだけあるかのみではなく、実際にどれだけ“触れる”のかを直接見ることはできないか」と考え、高速AFMを用いた解析を行いました。
【研究成果の概要】
本研究グループは、高速AFMを用いて、生理的条件に近い水溶液中で個々のsEVを観察しました。まず、PD-L1発現量の低い乳がん細胞MCF7と、PD-L1発現量の高いTNBC細胞MDA-MB-231から得られたsEVを比較しました。その結果、両者とも安定したドーム状構造を維持していましたが、MDA-MB-231由来sEVでは、より複雑で不均一な表面構造が観察されました。また、平均高さや体積にも有意な違いが認められました。
次に、これらのsEVに抗PD-L1抗体を加え、その相互作用をリアルタイムで観察しました。PD-L1発現量の高いMDA-MB-231由来sEVでは、抗体が小胞表面の特定部位に結合し、同じ場所に長時間とどまる安定した「ドッキング」が頻繁に観察されました。一方、MCF7由来sEVでは、抗体が短時間だけ接触したり、小胞表面を横方向に移動した後に離れたりする、一過性の相互作用が多く観察されました。
特にMDA-MB-231由来sEVでは80%以上で持続的な抗体結合が確認されたのに対し、MCF7由来sEVの90%以上では安定した相互作用が検出されませんでした。さらに、患者由来TNBC細胞から得られたsEVを解析したところ、93.5%の小胞で抗PD-L1抗体との相互作用が検出されました。一方で、1個の小胞に観察される結合部位の数や抗体の滞在時間には大きなばらつきがあり、患者由来試料においてもsEVごとの機能的不均一性が存在することが示されました。
また、EVの代表的な膜タンパク質であるCD63について同様の解析を行ったところ、3種類のEV集団で抗体アクセシビリティ(抗体との結合しやすさ)は概ね同程度でした。この結果は、高速AFMで観察された違いが単に「抗体がEVに付きやすいかどうか」ではなく、標的となる膜タンパク質によって異なることを示しています。
「ある」から「触れる」へ
本研究で重要なのは、PD-L1を単に検出するのではなく、「PD-L1が存在するか」から
「そのPD-L1に実際にアクセスできるか」へと、評価の視点を転換する新たな評価軸を提示した点です。
本研究グループは、抗体が結合する頻度と結合している時間(dwell time)を組み合わせることで、個々のEV表面における分子のアクセシビリティを定量的に評価する「単一小胞機能ナノフェノタイピング(single-vesicle functional nanophenotyping)」の考え方を提案しました。さらに、観察された抗体-EV相互作用を整理するため、Checkpoint Ligand Interface Phenotype(CLIP)という解析フレームワークを導入しました。これにより、従来の「発現量」だけでは見えなかった、個々のEVが持つナノスケールの機能的不均一性を捉えることが可能になります。
【今後の展開】
今回の研究は、PD-L1をモデルとして、高速AFMを用いることで個々のEVにおける膜タンパク質への抗体アクセスを直接可視化・定量できることを示しました。今後、この手法を他の免疫チェックポイント分子や受容体、接着分子、治療標的分子などへ拡張することで、タンパク質の「量」だけでは捉えられない機能状態を、EV1粒子レベルで評価する新しい解析技術へ発展することが期待されます。
また、将来的に測定の自動化や高速化、画像解析技術の高度化を進め、より多数の患者検体を解析することで、がん細胞由来EVの多様性や免疫チェックポイント分子の機能状態と、疾患や治療応答との関係を明らかにする研究につながる可能性があります。
なお、本研究で解析した患者由来試料は1症例由来の培養TNBC細胞から分泌されたEVであり、現段階で免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を予測する臨床検査法を示したものではありません。今後、その有用性を評価するためには、より多くの患者試料を用いた検証が必要です。

図:高速AFMによるPD-L1アクセシビリティ解析とCLIPの概念図
高速AFMを用いて、がん細胞由来sEV表面に存在するPD-L1と抗PD-L1抗体との相互作用を、標識することなくリアルタイムで観察する実験および解析の概念図。PD-L1が抗体と結合しやすい(アクセシビリティが高い)sEVでは、抗体が安定して長時間結合する様子が観察される一方、アクセシビリティが低いsEVでは、抗体との結合が一過性である、あるいはほとんど観察されない。こうした抗体の結合頻度や結合時間(dwell time)の違いを、Checkpoint Ligand Interface Phenotype(CLIP)という解析フレームワークによって整理する。CLIPは、個々のsEV表面におけるPD-L1の「量」だけでなく、抗体から見てどれだけ結合可能な状態にあるかという機能的な違いを、ナノスケールで捉えるための概念的な解析手法である。※一部 OpenAI の生成AI サービス「ChatGPT」を使用して作成。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Single-Vesicle Functional Nanophenotyping Reveals Heterogeneous PD-L1 Accessibility in Triple-Negative Breast Cancer (単一細胞外小胞の機能的ナノフェノタイピングが明らかにするトリプルネガティブ乳がんにおけるPD-L1アクセシビリティの不均一性)
- 著者
- Reon Imakawa, Keesiang Lim, Takeshi Yoshida, Tomoyoshi Yamano, Tsunaki Hongu, Uryo Onishi, Masaharu Hazawa, Toshio Ando, Noriko Gotoh, Rikinari Hanayama, Richard W. Wong (今川 怜音、キイシヤン・リン、吉田 孟史、山野 友義、本宮 綱記、大西 侑亮、羽澤 勝治、安藤 敏夫、後藤 典子、華山 力成、リチャード・ウォング)
- 掲載誌
- Small Methods
- 掲載日
- 2026.09.17
- DOI
- 10.1002/smtd.71041
- URL
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smtd.71041

