アルツハイマー病治療薬アデュカヌマブの アミロイドβ凝集に対する「経路選択的」作用を高速AFMで解明

本研究の概要:Aβ凝集経路に対するアデュカヌマブの経路選択的作用の概要
本図は、American Chemical Society の許諾を得て、Nano Letters 掲載論文(T. Nakayama-Watanabe ら, 2026, DOI: 10.1021/acs.nanolett.6c02842)より転載したものです。© American Chemical Society.
金沢大学医薬保健研究域医学系脳神経内科学の小野賢二郎教授、同大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の中山隆宏准教授らの研究グループは、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(※1)を用いて、アルツハイマー病(AD)(※2)に関与するアミロイドβ(Aβ)(※3)凝集体に抗アミロイドβ(Aβ)抗体であるアデュカヌマブが結合する様子を、リアルタイムかつ単一分子レベルで観察することに成功しました。
その結果、アデュカヌマブはAβオリゴマー(※4)、プロトフィブリル(※5)、成熟線維の表面に広く結合する一方、Aβ線維表面で起こる「二次核形成(secondary nucleation)」(※6)を抑制する条件下でも、プロトフィブリルの形成は継続することが分かりました。また、アデュカヌマブで表面が覆われた成熟線維でも、成長端からの線維伸長が継続することを直接観察しました。
これらの結果は、アデュカヌマブがAβ凝集全体を一様に抑制するのではなく、Aβ凝集の異なる経路に対して異なる影響を及ぼす「経路選択的(pathway-selective)」作用機序(※7)を持つことを示しています。
本研究成果は、抗Aβ抗体がAβ凝集体にどのように作用するのかを分子レベルで理解するうえで重要な知見であり、Aβ病理の制御に関わる分子機構の解明に貢献することが期待されます。
本研究成果は,2026年10月5日に国際学術誌『Nano Letters』のオンライン版に掲載されました。
【研究の背景・目的】
ADは、脳内にAβやタウなどの異常タンパク質が蓄積することを特徴とする神経変性疾患です。Aβは単量体(モノマー)から、オリゴマー、プロトフィブリル、成熟線維へとさまざまな凝集体を形成します。特に、凝集過程の途中で生じる可溶性のオリゴマーやプロトフィブリルは、神経細胞に対する毒性との関連が指摘されており、その形成や増加の仕組みを理解することは重要な課題です。
Aβの凝集では、既に形成された線維の表面を足場として新たな凝集体が形成される「二次核形成」が起こることが知られています。この過程は新たなAβ凝集体を増やす重要な経路の一つと考えられており、抗Aβ抗体による二次核形成の抑制は、Aβ凝集を制御する機序の一つとして研究されてきました。
アデュカヌマブは、凝集したAβに選択的に結合する抗Aβ抗体です。これまでの生化学的研究から、アデュカヌマブはAβ線維の表面に広く結合し、二次核形成を抑制することが示されていました。しかし、抗体が個々のAβ凝集体の表面に「いつ」「どこに」「どのように」結合し、その結果として各凝集経路にどのような影響を及ぼすのかは、十分に分かっていませんでした。
高速AFMは、液中にあるタンパク質などの生体分子を、ナノメートルスケールの空間分解能と高い時間分解能でリアルタイムで観察できる技術です。本研究グループはこれまでにも、高速AFMを用いてAβ凝集体の構造動態や、レカネマブなどの抗Aβ抗体とAβ凝集体との相互作用を単一分子レベルで観察してきました(Nano Lett 2023)。そこで本研究では、高速AFMを用いてアデュカヌマブとAβ凝集体との相互作用を単一分子レベルで直接観察し、その作用機序の解明を目指しました。
【研究成果の概要】
1.アデュカヌマブがAβオリゴマーを徐々に取り囲む様子を可視化
Aβ42(※3)から形成した球状オリゴマーにアデュカヌマブを添加し、高速AFMで連続撮影しました。その結果、アデュカヌマブ分子がオリゴマーの周囲に徐々に結合し、時間の経過とともにオリゴマー表面を取り囲んでいく様子を直接可視化しました(図1)。
これは、アデュカヌマブがAβオリゴマーに結合する過程を、単一分子レベルの動態として直接捉えたものです。

図1:高速AFMによるAβ42球状オリゴマーへのアデュカヌマブ結合の直接観察。アデュカヌマブ添加後、オリゴマーの周囲を抗体分子が徐々に取り囲む様子を示します。下段の画像は緑色の領域(1.5~4.0 nm)と赤色の領域(>4.0 nm)で色分けされた高さデータを示しています。観察期間を通じて、赤色の領域(Aβ42球状オリゴマー)の周囲で緑色の領域(アデュカヌマブ)が徐々に拡大している様子を示します。スケールバー(白線)は100 nm。 本図は、American Chemical Society の許諾を得て、Nano Letters 掲載論文(T. Nakayama-Watanabe ら, 2026, DOI: 10.1021/acs.nanolett.6c02842)より一部改変のうえ転載したものです。© American Chemical Society.
2.Aβプロトフィブリルにもアデュカヌマブが広く結合
次にAβプロトフィブリルを観察したところ、アデュカヌマブはプロトフィブリルの表面にも徐々に結合し、表面を覆うように集積していくことが分かりました(図2)。
この結果から、アデュカヌマブはAβ凝集の比較的早い段階で形成されるオリゴマーやプロトフィブリルにも広く結合することが示されました。

図2:高速AFMによるAβ42プロトフィブリルへのアデュカヌマブ結合の直接観察。プロトフィブリル表面を覆うように抗体分子が結合していく様子を示します。下段の画像は色分けされた高さデータを示しています。観察期間を通じて、赤色の領域(Aβ42プロトフィブリル)の周囲で緑色の領域(アデュカヌマブ)が徐々に拡大している様子を示します。スケールバー(白線)は100 nm。 本図は、American Chemical Society の許諾を得て、Nano Letters 掲載論文(T. Nakayama-Watanabe ら, 2026, DOI: 10.1021/acs.nanolett.6c02842)より一部改変のうえ転載したものです。© American Chemical Society.
3.成熟Aβ線維では、構造に応じて抗体の結合パターンが異なる
成熟したAβ線維を観察すると、アデュカヌマブの結合パターンは線維の構造によって異なっていました。らせん構造の周期性を示す線維では、抗体が一定の間隔で結合する様子が見られた一方、比較的直線的な線維では側面に密に抗体が結合する様子が観察されました(図3A)。
このことは、アデュカヌマブが単にAβ線維全体に均一に結合するのではなく、線維表面の局所的な構造や抗体が認識できる部位の利用可能性に応じて結合することを示しています。
4.アデュカヌマブで覆われたAβ線維でも伸長が継続
さらに、アデュカヌマブで表面を覆った成熟Aβ線維に新たなAβモノマーを加え、その後の線維伸長を高速AFMで追跡しました。その結果、アデュカヌマブで側面が広く覆われた線維でも、線維の成長端からの伸長が継続することが分かりました(図3B、図3C)。
この結果は、アデュカヌマブが線維表面に広く結合していても、線維の成長端を完全には遮断しない場合があることを示しています。

図3:成熟Aβ42線維へのアデュカヌマブ結合と線維伸長。線維の構造に応じて抗体の結合パターンが異なり、抗体で覆われた線維でも成長端からの伸長が継続することを示します。色分けされた画像は高さデータを示しています。観察期間を通じて、赤色の領域(Aβ42成熟線維)の周囲で緑色の領域(アデュカヌマブ)が徐々に拡大している様子を示します。スケールバー(白線)は100 nm。 本図は、American Chemical Society の許諾を得て、Nano Letters 掲載論文(T. Nakayama-Watanabe ら, 2026, DOI: 10.1021/acs.nanolett.6c02842)より一部改変のうえ転載したものです。© American Chemical Society.
5.二次核形成を抑制しても、プロトフィブリル形成は継続
最後に、Aβ凝集を試料全体として評価するThioflavin T(ThT)蛍光測定と、高速AFMによる単一分子レベルの観察を組み合わせて解析しました。アデュカヌマブはAβ42の凝集速度を変化させ、特に高濃度条件では凝集の進行を遅らせました(図4A)。この結果は、これまで報告されているアデュカヌマブによる二次核形成の抑制と整合します。
一方、同じ条件で高速AFMを用いて凝集体を観察すると、アデュカヌマブ存在下でもプロトフィブリルが形成されていることが確認されました(図4B、4C)。つまり、アデュカヌマブは線維表面で起こる二次核形成を抑制する一方で、それとは異なる経路で進むプロトフィブリル形成までは抑制しないことが示されました。
この結果は、試料全体を評価する測定では凝集が抑制されているように見えても、単一分子レベルでは特定の凝集経路が継続している可能性を示すものであり、抗体の作用を理解するうえで重要な知見です。

図4:Aβ凝集の全体測定と高速AFMによる分子レベル観察。アデュカヌマブは凝集速度を遅らせる一方(A)、抗体存在下(B)でも非存在下(C)と同様なプロトフィブリルが形成されることを示します。スケールバー(白線)は200 nm、Bの差し込み図内は100 nm。 本図は、American Chemical Society の許諾を得て、Nano Letters 掲載論文(T. Nakayama-Watanabe ら, 2026, DOI: 10.1021/acs.nanolett.6c02842)より転載したものです。© American Chemical Society.
【本研究で明らかになったこと】
本研究により、アデュカヌマブの作用について次のことが明らかになりました。
• Aβオリゴマー、プロトフィブリル、成熟線維のいずれにも結合すること
• 成熟Aβ線維では、その局所的な構造に応じてアデュカヌマブの結合パターンが異なること
• アデュカヌマブで表面が覆われた成熟線維でも、成長端からの線維伸長が継続し得ること
• 二次核形成が抑制されても、プロトフィブリル形成は進行すること
これらの結果から、アデュカヌマブの作用はAβ凝集全体を一様に抑制するのではなく、凝集経路ごとに異なる影響を及ぼす「経路選択的」な作用を持つことが示されました。

図5:アデュカヌマブの経路選択的作用の模式図。アデュカヌマブはオリゴマー、プロトフィブリル、成熟線維に結合しますが、二次核形成の抑制がプロトフィブリル形成まで一律には及ばないこと、また線維側面の結合が成長端の伸長を完全には阻止しないことを示します。 本図は、American Chemical Society の許諾を得て、Nano Letters 掲載論文(T. Nakayama-Watanabe ら、2026, DOI: 10.1021/acs.nanolett.6c02842)より転載したものです。© American Chemical Society.
【本研究の意義】
本研究では、高速AFMを用いてAβ凝集体と抗アミロイド抗体アデュカヌマブとの相互作用を単一分子レベルでリアルタイム観察し、同じAβに対する抗体の結合であっても、その後の影響が凝集経路によって異なることを明らかにしました。
これまで抗Aβ抗体の作用は、主に試料全体の変化から評価されてきました。しかし、本研究では、アデュカヌマブがどの凝集体にどのように結合するのか、また、その結合が各凝集経路にどのような影響を及ぼすのかを分子レベルで解析しました。その結果、試料全体の測定だけでは捉えられない現象が存在することを示しました。本研究成果は、抗Aβ抗体の作用機序を理解するうえで、「どれだけ結合するか」だけでなく、「どの凝集体にどのように結合し、その後の凝集過程をどう変化させるのか」を分子レベルで解析することの重要性を示すものです。
【今後の展開】
本研究により、アデュカヌマブとAβ凝集体との相互作用を単一分子レベルで可視化し、二次核形成、プロトフィブリル形成、線維伸長といった異なる凝集過程に対して、アデュカヌマブが異なる作用を示すことが明らかになりました。
今後は、抗Aβ抗体ごとに異なるAβ凝集体への結合様式と凝集経路への作用を比較することで、どのような分子レベルの作用がAβ病理の制御につながるのかを明らかにすることが期待されます。また、高速AFMによる単一分子イメージングは、Aβに限らず、構造や状態が異なるタンパク質凝集体に対する治療抗体の作用を解析するための基盤技術としても活用できる可能性があります。
なお、本研究は試験管内(in vitro)で行われた分子レベルの解析であり、今回観察された現象がそのままヒト脳内での薬剤作用や臨床効果を予測するものではありません。今後、細胞実験や動物実験、臨床研究の知見との統合的な検討が必要です。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Real-Time Single Molecule Imaging Reveals Pathway-Selective Action of Aducanumab on Amyloid-β Aggregation (リアルタイム単一分子イメージングによって明らかになった、アミロイドβ凝集に対するアデュカヌマブの経路選択的作用)
- 著者
- Takahiro Watanabe-Nakayama, Moeko Noguchi-Shinohara, Kenichi Umeda, Daiki Muramatsu, Hiroki Konno, Noriyuki Kodera, Toshio Ando, Kenjiro Ono Corresponding Author:Kenjiro Ono (中山 隆宏、篠原 もえ子、梅田 健一、村松 大輝、紺野 宏記、古寺 哲幸、安藤 敏夫、小野 賢二郎)
- 掲載誌
- Nano Letters
- 掲載日
- 2026.10.05
- DOI
- 10.1021/acs.nanolett.6c02842
- URL
- https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.6c02842

