世界初、高速AFMで捉えたDNA分解の攻防 ―DNAは「高次構造」で身を守る―
【概要】
金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻博士前期課程2年/ナノ精密医学・理工学卓越大学院プログラム履修者の楊 京格、ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)/新学術創成研究機構のリチャード・ウォング教授は、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(※1)により、DNA分解酵素(DNase I)(※2)がDNAに接近・結合し、切断する一連の過程を1分子レベルで捉えることに成功しました。
ウォング教授らのグループは、これまで高速AFMを用いて、核膜孔複合体(NPC)やクロマチンなど、細胞核内の生命現象をナノスケールで直接観察する研究を進めてきました。今回、その研究対象をDNAそのものへと発展させ、DNA凝縮タンパク質のプロタミンによって形成される高次構造にも着目しました。
DNase IはDNA上を無作為に切るだけでなく、特定の局所領域への繰り返しの相互作用を経て、切断・分解が進む様子を観察しました。
さらに、プロタミンによるDNA凝縮は、DNase Iとの接触を完全に防ぐのではなく、切断につながる相互作用を抑えることで、DNAを保護することが明らかとなりました。
DNAを切断する酵素は、免疫応答、細胞死、炎症、さらには自己免疫疾患など多くの生命現象に重要な役割を果たします。しかし、これまで研究者が観察できたのは切断後の結果だけであり、酵素がDNAの特定局所領域をどのように探し、どこで止まり、どのように切断するのかは分かっていませんでした。
DNase Iは細胞外DNAの除去にも関わることから、本研究で明らかになったDNA高次構造と分解されやすさの関係は、将来的には炎症や自己免疫など、DNAの蓄積やクリアランス異常が関係する生命現象を理解するための基礎となることが期待されます。
本研究成果は、2026 年 9月24日(日本時間18時00分)に国際学術誌『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。
【研究の背景】
DNAは、生命の遺伝情報を担うだけでなく、細胞死や組織損傷などによって細胞外へ放出された後も、免疫応答や炎症などさまざまな生命現象に関与します。生体内では、不要となったDNAを適切に除去するため、DNase IをはじめとするDNA分解酵素(ヌクレアーゼ)が働いています。一方、DNAは常に裸の状態で存在するわけではなく、さまざまなタンパク質と結合し、折りたたみや凝縮により、多様な高次構造を形成します。このため、DNAがどのような高次構造をとっているかが、分解酵素からDNAを守る仕組みの一つではないかと考えられてきました。
DNase IがDNAを切断する生化学的な仕組みについては、これまで構造解析や生化学的手法によって詳しく研究されてきました。しかし、従来の方法では、個々のDNase I分子がDNAにどのように接近し、どこで相互作用し、DNAの局所構造とどのように関係しながら切断・断片化を進めるのかを、実時間で直接見ることは困難でした。特に、DNAが高密度に凝縮されたとき、DNase IがそもそもDNAへ近づけないのか、それとも接触はできても切断まで進めないのかという動的な違いは、十分に明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、分子の動きをナノメートルスケールで動画として観察できる高速AFMを用い、DNase IによるDNA分解を1分子レベルでリアルタイム観察しました。さらに、裸のDNAだけでなく、DNA凝縮タンパク質であるプロタミンによって形成された高次構造を比較することで、「DNAは分解酵素による攻撃をプロタミンによってどのように防御するのか」という問いに迫りました。
【研究成果の概要】
本研究で最も重要な発見の一つは、DNAが単に分解酵素に切られる受動的な分子ではなく、その高次構造によって分解されやすさが大きく変化することです。研究チームは高速AFMを用いて、DNA分解酵素DNase IがDNAと接触して相互作用し、最終的にDNAが断片化していく様子をリアルタイムで追跡しました。その結果、露出したDNAでは局所的な構造や曲がり方と酵素の相互作用が密接に関連し、そこから切断と断片化が進行していく様子が観察されました。
さらに、異なるDNA分解酵素であるDNase IとMNaseについて、DNAとの相互作用を分子構造と高速AFM観察の両面から解析しました。また、DNAが動きやすい脂質膜上でも分解過程をリアルタイムで観察し、DNAを取り巻く構造や環境が分解の進み方に大きく影響することを明らかにしました。
一方、DNAを強く凝縮させるタンパク質であるプロタミンを加えると、状況は大きく変わりました。DNAはロッド状やドーナツ状の高密度構造を形成し、DNase I存在下でも長時間その構造を維持しました。重要なのは、DNase Iが凝縮DNAに全く近づけなくなったわけではないという点です。酵素との一時的な接触は起こり得るものの、DNAが高密度にパッキングされた状態では、その接触が効率的な切断へつながりにくくなりました。DNA構造が局所的に緩み、酵素がアクセスできる状態になると、再び分解が起こりやすくなりました。
これらの観察から、DNAは単に酵素に切られる受動的な分子ではなく、その「高次構造」や周囲の環境によって、酵素から身を守るか、攻撃を受けて断片化するかが変化することが示されました(図1)。

図1:高速AFMで見えた、DNAが酵素によって切られていく5つのステップ
a. DNAを分解する酵素(ヌクレアーゼ)がDNAを切るまでの流れを、5つのステップで表した模式図です。酵素はDNAを「探す(Scan)→見つける(Target)→つかまる(Occupy)→切る(Rupture)→動く(Mobilize)」という動きを示しました。この一連の流れを「STORM」と呼んでいます。
b. DNase IがDNAを分解する様子を高速AFMで撮影した連続画像です。明るい粒子がDNase I、細長い構造がDNAです。DNase IがDNAに近づき、結合し、DNAが切断されていく様子をリアルタイムで観察できます。スケールバー:20 nm。
c. DNase Iの動きを時間とDNA上の位置で表した「キモグラフ」です。DNase IがDNAを探し、特定の場所にとどまり、その後DNAが切断されるまでの変化を示しています。
d. DNase IがDNAと相互作用するときの高さの変化を示しています。高さが一時的に大きくなる部分はDNase IがDNAに結合した状態を反映し、その後の低下はDNAの切断や断片の移動に伴う変化を示します。
e. 別のDNA分解酵素であるMNaseについても、DNase Iとよく似た5段階の動きが観察されました。
f. MNaseがDNAを分解する様子を高速AFMで撮影した連続画像です。MNaseでも、DNAへの接近・結合・切断・断片の移動という一連の変化が観察されました。スケールバー:20 nm。
青色の粒子はDNase I、紫色の粒子はMNase、赤と青の二重らせんはDNAを表しています。
本研究ではこの一連のDNAと分解酵素の攻防過程を理解する概念として 「守る・攻める・砕く(Shield–Strike–Shatter)」 を提案しました。Shieldでは、DNAの凝縮と高次構造が立体的な「盾」となり、酵素による分解からDNAを保護します。Strikeでは、DNase IがDNAに接近し、構造的にアクセス可能な領域と相互作用します。そして切断が可能な条件が整うとShatterへ移行し、局所的な切断からDNA全体の断片化へと進行します(図2)。

図2:高速AFMで見えたDNA分解の攻防
DNAは、強く折りたたまれた高次構造をつくることで分解酵素から身を守ります。一方、露出したDNAではDNase Iが弱い場所を狙って結合し、DNAを切断・断片化します。高速AFMによるリアルタイム観察から、「守る・攻める・砕く(Shield–Strike–Shatter)」というDNA分解の仕組みが明らかになりました。※一部OpenAIの生成AIサービス「ChatGPT」を使用して作成。
この結果が示すのは、DNA分解が単純な「酵素と基質の出会い」だけでは決まらないということです。DNAがどのような高次構造をとり、どの部分が外部に露出しているかというナノスケールの構造情報そのものが、酵素反応の進み方を左右します(図3)。

図3:高速AFMで捉えるDNAの「保護」と「分解」
DNAは高次構造を形成することでヌクレアーゼによる分解から保護される一方、露出したDNAではヌクレアーゼが結合し、切断・断片化が進みます。高速AFMにより、このDNAをめぐる「守る・攻める・砕く」動的過程をナノスケールで可視化しました。右上は高速AFMの探針を表しています。本図は研究成果をイメージ化した模式図です。※一部OpenAIの生成AIサービス「ChatGPT」を使用して作成。
つまり、DNAの「高次構造」は単なる見た目ではなく、DNAを守るか、分解へ導くかを決める重要な機能情報である可能性があります。
【今後の展開】
DNAの「高次構造」から生命現象を理解する
今回確立した高速AFMによるリアルタイム解析は、DNase Iだけに限定されるものではありません。今後、DNA修復酵素、ゲノム編集因子、DNA結合タンパク質などについても、DNAの高次構造変化と酵素反応を同じ時間軸で直接観察することが可能になると期待されます。これにより、従来の静的な構造解析や反応後の生化学測定だけでは捉えにくかった、「酵素がいつDNAに近づき、どこで相互作用し、どのような構造状態で反応が進むのか」という動的な生命現象を明らかにできる可能性があります。
さらに、今後、裸のDNAだけでなく、タンパク質や抗体などによって覆われた、より生体に近いDNA複合体へ研究を展開させることで、「なぜ特定のDNAは速やかに除去され、別のDNAは生体内に残り続けるのか」という問いに、ナノスケールから迫ることが期待されます。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Shield Strike Shatter in DNA Topology and Nuclease Interactions (DNAを「守る・攻める・砕く」― DNAの高次構造が決める分解の運命)
- 著者
- Jingge Yang 1, Yujia Qiu 1, Keesiang Lim 2, Toshio Ando 2, Richard W. Wong 2,3 (楊 京格1、邱 宇嘉1、キイシヤン・リン2、安藤敏夫2、リチャード・ウォング2,3) 1. 金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻 2. 金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI) 3. 金沢大学新学術創成研究機構セルバイオノミクスユニット
- 掲載誌
- Nature Communications
- 掲載日
- 2026.09.24
- DOI
- 10.1038/s41467-026-77354-x
- URL
- https://www.nature.com/articles/s41467-026-77354-x

