タンパク質機能を決める「隠れた水の構造」を 世界初可視化に成功 ―タンパク質と水を一体で捉える新概念「タンパク質超構造」を提唱-
【概要】
金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の福間剛士教授、アイハン・ユルトセベル特任助教、京都大学大学院生命科学研究科/金沢大学ナノ生命科学研究所の、米国ワシントン大学のMehmet Sarikaya教授らによる国際共同研究グループは、タンパク質表面を取り囲む水分子がアミノ酸配列に応じて高度に秩序化された立体構造を形成していることを、世界で初めて直接可視化することに成功しました。
近年、人工知能(AI)によるタンパク質構造予測技術の進展により、タンパク質の立体構造を高精度に予測できるようになりました。しかし、アミノ酸配列や立体構造が分かっていても、その機能や分子間相互作用、生体内での振る舞いを正確に予測することは依然として困難です。本研究では、最先端の三次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)(※1)を用いて、ペプチド(※2)集合体周辺の水和構造(※3)をサブナノメートル分解能で観察しました。その結果、水は単なる溶媒ではなく、疎水性、極性、芳香族性、電荷を持つアミノ酸残基の特性に応じて、多層的かつ規則的な構造を形成していることを明らかにしました。
さらに本研究グループは、タンパク質本体とその周囲に形成される固有の水和構造を不可分な一体構造とみなし、「タンパク質超構造(Protein Superstructure)(※4)」という新しい概念を提唱しました。
本研究成果は、タンパク質機能の理解を大きく前進させるとともに、創薬、タンパク質工学、バイオマテリアル開発など幅広い分野への応用が期待されます。
本研究成果は、2026年8月26日に国際学術誌『Nature Communications』のオンライン版(オープンアクセス)に掲載されました。
【研究の背景】
タンパク質は生命活動を支える主要な生体分子であり、水中で折りたたまれ、他の分子を認識し、化学反応を触媒します。そのため、タンパク質の水和はタンパク質の構造安定性や機能発現に重要な役割を果たすことが知られていました。
しかし、タンパク質周辺の水分子がどのような三次元構造を形成しているのかを分子レベルで直接観察することは、長年にわたる大きな課題でした。既存の実験手法の多くは平均化された情報しか得られず、局所的な水和構造を直接可視化することは困難だったのです。
【研究成果の概要】
本研究グループは、規則的に自己集合するペプチド系をモデル試料として用い、高分解能3D-AFM観察を実施しました。(図1)

図1:自己組織化したペプチドの水和構造の3D-AFMによる可視化。(a) 球棒モデルで示したGrBP5-WTペプチドの分子構造。 (b) HOPG上の自己組織化ペプチドのナノ構造への3D-AFMの適用の模式図。3次元マップから2次元のxz断面およびxy断面を抽出する様子を示している。画像取得および力マッピングの際にはプローブを水平(xy)方向と垂直(z)方向に同期して走査させ、z位置を正弦波で高速に変調する。プローブが表面に近づくと、特徴的な振動状の力プロファイル(c)が現れる。これは、自己組織化ペプチド構造の表面での秩序だった水和層を反映している。 (d) ペプチド集合体を取り囲む界面水の空間配置を分子分解能で示した3D-AFMマップ。
その結果、ペプチド表面近傍の水分子は複数層にわたり秩序化されており、その配置様式がアミノ酸配列や表面化学特性によって決定されることを明らかにしました。(図2)

図2:水中におけるHOPG上のGrBP5-WTペプチドの超分子集合体。(a) PBS緩衝液中で取得された安定なペプチド・ドメインの分子分解能AFM像。(b) ペプチドの分子格子を固体の原子格子に整合させることで定義されたペプチド結晶と基板格子の間の結晶学的配向関係。この結晶学的配向関係によりキラルな構造を識別できる。(c) 水中におけるペプチド・ドメインの分子分解能AFM像。(d) 分子動力学シミュレーションによるグラフェン上のGrBP5-WTペプチド集合体の構造。(e) シミュレーションによる分子レベルの詳細な図。グラフェン格子とのπ-πスタッキングにより結合ドメイン内のチロシン(Y)残基は平面状に配列する一方、IMVTドメイン内のメチオニン(M)残基は表面から突出して水に露出されている様子が示されている。(f) パネルaのAFM像に、シミュレーションで得られたペプチド集合体構造を重ね合わせた画像。
形成された水和構造は、バルク水へ移行するまで複数層にわたり維持され、表面の化学的特徴を反映した「水和フィンガープリント」として機能していました。(図3)

図3:ペプチド界面における水密度分布および水和モチーフの分子動力学シミュレーションによる解析。(a, d) 2つの横方向の位置におけるペプチドの列に沿って取得したΔf(周波数シフト)の垂直断面(xz面)での2次元像。(b, e) ペプチドのナノ構造上方における水分子の酸素原子の垂直断面での2次元密度。(c, f) ペプチドと周囲の水分子との間に形成される水素結合。色の違いは異なる水分子集団を表しており、赤色はペプチド・水界面での水素結合ネットワークに関与する水分子を、青色は周囲の溶媒領域にある水分子を示している。
これらの結果は、タンパク質機能を理解する上で、従来重視されてきた「アミノ酸配列」と「立体構造」に加え、「水和構造」が第三の重要な情報層として存在する可能性を示しています。本研究グループは、この水和構造を含めたタンパク質全体を「タンパク質超構造(Protein Superstructure)」と定義し、生体分子の機能発現を理解するための新しい枠組みを提案しました。
本研究により、タンパク質は単独で存在するのではなく、その周囲の水和構造と一体となって機能している可能性が示されました。今後は、対象をより複雑なタンパク質や生体システムまで広げ、水和構造を取り入れた新たなタンパク質機能予測モデルの構築を目指します。
【今後の展開】
本研究成果は、創薬における標的分子設計、タンパク質工学、AIによるタンパク質設計、バイオセンサー、触媒界面設計、バイオミメティック材料開発など、多様な分野への展開が期待されます。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Peptides display multilayered hydration shell substructures dictated by sequence-specific surface chemistry (ペプチドは配列特異的な表面化学によって規定される多層的な水和シェル副構造を示す)
- 著者
- Ayhan Yurtsever, Fabio Priante, Linhao Sun, Djamel Eddine Chafai, Kaito Hirata, Keisuke Miyazawa, Puppulin Leonardo, Kazuki Miyata, Takashi Sumikama, Adam S. Foster, Takeshi Fukuma, Mehmet Sarikaya (Ayhan Yurtsever、Fabio Priante、Linhao Sun、Djamel Eddine Chafai、平田海斗、宮澤佳甫、 Puppulin Leonardo、宮田一輝、炭竈享司、Adam S. Foster、福間剛士、Mehmet Sarikaya)
- 掲載誌
- Nature Communications
- 掲載日
- 2026.08.26
- DOI
- 10.1038/s41467-026-76923-4
- URL
- https://www.nature.com/articles/s41467-026-76923-4

