金沢大学 ナノ生命科学研究所

中枢神経系転移での分子標的薬耐性のメカニズムを解明 -他の分子標的薬併用で耐性を克服-

  • 中枢神経系に転移(※1)したがん細胞がアンフィレグリン(※2)という増殖因子を出して分子標的薬(※3)の治療から逃れることを初めて解明。
  • 中枢神経系転移を起こしやすいALK肺がんのモデルを用いて,髄腔に転移したがんが自ら増殖因子を作ることにより分子標的薬に耐性となることを発見。また,この耐性は,増殖因子の働きを抑える別の分子標的薬を併用することで克服できることを明らかにした。
  • 本研究成果は,中枢神経系に転移したがんの治療成績向上につながるものと期待される。

研究の背景

EML4-ALK融合遺伝子(※4)を有する肺がん(ALK肺がん)は,他の肺がんと比べて脳転移や髄膜がん腫症と呼ばれる中枢神経系転移を起こしやすいことが知られています。ALK肺がんはALK阻害薬(※5)であるアレクチニブ(※6)がよく効き,中枢神経系転移にも最初はよく効きます。しかし,20~30%のALK肺がん患者では,治療中に他の臓器への転移は抑えられているのに,中枢神経系転移が耐性となります。中枢神経系転移は,急激に頭痛や麻痺などの神経症状を引き起こして患者の状態を悪化させ,有効な治療がないことから,大きな問題となっています(図1)。

研究成果の概要

本研究では,ALK肺がん細胞株を髄腔に移植したマウスを90日間にわたってアレクチニブで治療し,耐性となったALK肺がん細胞株を樹立しました(図2)。

この耐性株の詳細な解析により,耐性株は上皮成長因子受容体(EGFR)に結合する増殖因子の一つであるアンフィレグリンを多く産生し,EGFRから生存シグナルを補うことで耐性化したことが判明しました。この耐性株は,アレクチニブに耐性を示すだけでなく,日本でALK肺がんに保険適用されている4種類全てのALK阻害薬に交叉耐性(※7)を示しました(図3)。さらに,耐性株では,マイクロRNA-449a(※8)というアンフィレグリンの産生を抑制する物質が低下しており,この結果アンフィレグリンが多く産生されることも分かりました(図4)。

また,EGFR変異を有する肺がん(EGFR変異肺がん)に保険適用されているEGFR阻害薬(※9)を併用するとアレクチニブ耐性が克服できることを,培養細胞系のみならず,髄腔にALK肺がん細胞株を移植したマウスモデルにおいても明らかにしました。特に,最も新しいEGFR阻害薬であるオシメルチニブは,脳脊髄腔の病変によく移行し(図5),アレクチニブに耐性となったがん細胞の広がりを強く抑制しました(図6)。

さらに,ALK阻害薬に対し髄膜がん腫症が耐性化してしまったALK肺がん患者の髄液(※10)中には,他のがん患者の髄液よりもはるかに高い濃度のアンフィレグリンが検出されました。

以上より,アンフィレグリンがALK肺がんの髄膜がん腫症におけるアレクチニブ耐性の原因となること,アレクチニブとEGFR阻害薬を併用することで耐性が克服できることが明らかになりました。

今後の展開

本研究成果により,がん細胞が生き残るために作り出す増殖因子を抑制する薬剤を併用することで,中枢神経系に転移したがんに対する分子標的薬による治療成績向上につながるものと期待されます。

今後は,中枢神経系転移のアンフィレグリン産生が原因で分子標的薬耐性になる肺がん患者の割合を明らかにし,アンフィレグリンの働きを抑制する薬剤を併用した臨床試験につなげたいと考えています。

 

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業,金沢大学がん進展制御研究所共同研究事業等の支援を受けて実施されました。

 


図1. 中枢神経系転移とそのMRI画像

 


図2. アレクチニブ耐性EML4-ALK肺がん細胞株(A925L/AR)を樹立

 


図3. 耐性株(A925L/AR)は他のALK阻害薬にも交叉耐性を示す

 


図4. 耐性株ではマイクロRNA 449aの発現が低下し,アンフィレグリンの発現が上昇する結果,EGFRを活性化してアレクチニブに耐性化

 


図5. EGFR阻害薬の髄膜転移への移行性

 


図6. EGFR阻害薬の併用で髄膜がん腫症モデルのアレクチニブ耐性を克服

 

掲載論文

雑誌名:Journal of Thoracic Oncology

論文名:Osimertinib overcomes alectinib resistance caused by amphiregulin in a leptomeningeal carcinomatosis model of ALK-rearranged lung cancer
(オシメルチニブはALK融合遺伝子陽性肺がんの髄膜がん腫症モデルにおいてアンフィレグリンにより惹起されたアレクチニブ耐性を克服する)

著者名:Sachiko Arai, Shinji Takeuchi, Koji Fukuda, Hirokazu Taniguchi, Akihiro Nishiyama, Azusa Tanimoto, Miyako Satouchi, Kaname Yamashita, Koshiro Ohtsubo, Shigeki Nanjo, Toru Kumagai, Ryohei Katayama, Makoto Nishio, Mei-mei Zheng, Yi-Long Wu, Hiroshi Nishihara, Takushi Yamamoto, Mitsutoshi Nakada, Seiji Yano
(新井祥子,竹内伸司,福田康二,谷口寛和,西山明宏,谷本梓,里内美弥子,山下要,大坪公士郎,南條成輝,熊谷融,片山量平,西尾誠,Zheng MM,Wu YL,西原広史,山本卓志,中田光俊,矢野聖二)

掲載日時:2020年1月21日にオンライン版に掲載

DOI:10.1016/j.jtho.2020.01.001

 

用語解説

※1 中枢神経系転移
大脳や小脳の中に転移病巣ができる脳転移と,脳や脊髄を取り囲んでいる脳脊髄髄腔にがん細胞がばらまかれて広がる(播種する)髄膜がん腫症がある。

※2 アンフィレグリン
252個のアミノ酸から成るタンパク質で,EGFRに結合することで活性化しがん細胞の増殖を促進する作用などが知られている。

※3 分子標的薬
がんの増殖や生存に重要な役割を果している分子にピンポイントで作用する薬。2001
年に白血病に対するイマチニブ(商品名グリベック)と乳がんに対するトラスツズマブ
(商品名ハーセプチン)が認可されたのを皮切りに,日本では現在40 種類以上の分子
標的薬ががんに対して認可されている。

※4 EML4-ALK融合遺伝子
第2染色体に存在するEML4遺伝子の一部と,同じく第2染色体に存在するALK遺伝子の一部が融合することにより生じる異常な遺伝子で,肺がん発生の原因となる。肺がんの約3%に検出される。

※5 ALK阻害薬
ALK(未分化リンパ腫キナーゼ)のキナーゼ活性を抑制する分子標的薬である。現在,日本ではクリゾチニブ,アレクチニブ,セリチニブ,ロルラチニブの4種類がALK肺がんに保険適用されている。

※6 アレクチニブ
第2世代のALK阻害薬であり,切除不能のALK肺がんの第一選択薬である。中枢神経系の薬剤移行に優れているが,20~30%の患者で中枢神経系転移が耐性を起こし再発する。

※7 交叉耐性
生体や微生物に対して薬物を長期投与した際,投与開始時と同量を与えてもはじめと同様の効果が得られなくなり,当初の効果を得るために投与量を増加する必要が生じる現象を耐性という。ある薬物に対して耐性が形成された時に,その薬物と類似の構造や作用を有する他の薬物に対しても耐性が生じることを交叉耐性という。

※8 マイクロRNA
21-25塩基(nt)長の1本鎖RNA分子であり真核生物において遺伝子の転写後発現調節に関与する。ヒトゲノムには1000以上のマイクロRNAがコードされていると考えられている。マイクロRNA-449aには多彩な機能があるが,アンフィレグリンの発現を抑制する機能も知られている。

※9 EGFR阻害薬
EGFRのチロシンキナーゼを阻害する分子標的薬で,現在日本ではEGFR変異肺がんに対しゲフィチニブ,エルロチニブ,アファチニブ,ダコミチニブ,オシメルチニブの5種類が保険適用されている。この中でオシメルチニブは,正常のEGFRにはあまり作用せず変異のあるEGFRを選択的に抑制し,中枢神経系転移への移行性も高いことが知られ,切除不能EGFR変異肺がんの第一選択薬になっている。

※10 髄液
脳脊髄腔に存在する体液で,脳や脊髄を衝撃から守る役割をしている。脳脊髄腔にがん細胞が播種すると,がん細胞から出される物質の濃度が上昇する。腰椎の間から針を刺すことで髄液を採取することができ,がん細胞を検出することで髄膜がん腫症の診断を行う。髄液中のがん細胞由来物質の濃度を測定することで,播種したがん細胞の性状を調べることができる。

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