金沢大学 ナノ生命科学研究所

細胞に“おきゅう”を据える? 細胞の活動を熱で制御する『細胞熱工学』

金沢大学ナノ生命科学研究所の新井敏准教授,コン・ブー特任助教,早稲田大学,大阪大学,東京工業大学の共同研究グループは,1個の細胞の中に,極小の熱源を作り,細胞の機能を熱で制御する(細胞におきゅうを据える)新しい技術を開発することに成功しました

私達の生命の営みは温度変化の影響を強く受け,これがプラスに働くこともあれば,逆に,大きなダメージを負うこともあります。この温度を,細胞というミクロな世界で自在に制御することができれば,生命システムを細胞レベルから制御できる可能性があります。今回,研究チームは,光を照射して熱を発生する発熱機能と,「その場」で発生する温度上昇をリアルタイムで測る温度計測の機能の2つを同時に搭載したナノ粒子(※1)(nanoHT:ナノヒーター)を開発しました。このナノヒーターと顕微鏡を使い,細胞がやけどしないように温度を測りながら“おきゅう”を据えるようなイメージで,細胞の局所を温めることができます(図1)。例えば,1個の細胞に対して,たった1個の粒子で,がん細胞を素早く細胞死に誘導する,あるいは,エネルギー代謝系に温和な刺激で変化を与えることに成功しました。さらに,熱を用いて,骨格筋の細胞の収縮をダイナミックに制御することも可能になりました。

今回開発した技術は,遺伝子の切り貼りを必要とするゲノム編集とは異なり,熱ストレスを用いる「細胞熱工学」という,より安全で安心なバイオテクノロジーの創出に一歩近づくことになります。

本研究成果は,2022年6月8日(米国東部時間)に米国科学誌『ACS Nano』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

ミクロな空間の温度を正確に計測したり,自在に制御したりする技術(熱工学(※2))の開発は,熱を使った医療技術や新しいバイオテクノロジーを生み出すために重要です。従来,水分子の吸収が1,450ナノメートル付近にあることを利用して,この波長に相当する近赤外レーザーを照射して,細胞の中の水を急速に温める技術は汎用されてきました。これが簡便で有用である一方,レーザーのスポットサイズより狭い場所,つまり,1個の細胞の中の限定された場所を温めたりすることはできないというデメリットがありました。

研究成果の概要

そこで,水分子に吸収されない800ナノメートル付近に吸収を持ち,近赤外光を熱に変換できる光熱変換色素を有機物のポリマーでできたナノ粒子(ナノヒーター)の中に封入しました(図2参照。ナノヒーターのサイズは150ナノメートル程度であることを電子顕微鏡で確認)。しかしながら,このままだと,近赤外レーザーを照射した際,粒子の中でどれくらいの温度上昇が起きているか,リアルタイムでは分かりません。そこで,温度変化を光のシグナル(蛍光強度)の変化に変換できる蛍光色素を同時に封入しました。これにより,ナノヒーターの中で発生する温度上昇を,蛍光顕微鏡で観察しながら同時に計測することができるようになりました。実際,ナノヒーターを細胞に取り込ませた後,さまざまな強度の近赤外レーザーを照射しながら,同時に温度上昇を計測することで,細胞の中に狙った温度の熱源を作ることに成功しました(図3上段)。また,そこで生じる温度分布も,サブミクロンスケール(1個の細胞の局所)であることが分かりました(図3下段)。

この技術の実際の応用例を二つ紹介します。例えば,がん細胞が熱に弱い特徴に基づくがんの温熱療法は古くから知られています。温める方法として,磁場による加温が主流ですが,この手法は,体の深い所まで加温できるメリットがある反面,温度上昇に時間がかかるため,その間にがん細胞が熱耐性を獲得し治療効果が下がってしまうという弱点もありました。それに対して,今回の開発した技術では,あっという間(数秒)で,がんを細胞死に誘導でき,かつ,その細胞死に到達する温度も精密に議論することができました(図4の上段)。また,がんを死滅させるだけなく,積極的に骨格筋の細胞の収縮を熱で誘導することにも成功しました(図4の下段)。これは,骨格筋の収縮に関わるタンパク質―タンパク質の相互作用を温度変化で制御することに基づくものと考察しています。

今後の展開

細胞の限られた場所を温めて細胞機能を制御(改善)することは,“おきゅう”を据えることに似ています。今後,狙って温める場所の精度を向上させることで,いわば,「細胞のツボ」のようなものが見つかってくることに期待をしています。

支援

本研究は,日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)(メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出),文部科学省科学研究費助成事業新学術領域研究「分子夾雑化学」,科学技術振興機構創発的研究支援事業(FOREST),文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて実施されました。

図1 細胞の中に小さな熱源(おきゅう)を作り,細胞の機能を制御する細胞熱工学

 

図2 ナノヒーター(nanoHT)の模式図,及び,顕微鏡写真(A:透過型電子顕微鏡,B:原子間力顕微鏡(AFM)の画像)

図3 細胞の中にナノヒーターを取り込ませて加温する仕組み(上段)。細胞の中に1個存在するナノヒーター(下段左)とナノヒーター1個が生み出す細胞内のミクロスケールの温度勾配(下段右)。

 

図4 ナノヒーター1粒子を用いた細胞機能の制御の例

 

 

用語解説

※1 ナノ粒子

ナノは10億分の1の量を表す。今回の研究で用いたナノ粒子は直径が150ナノメートル程度。

 

※2 熱工学

ある空間の温度を計測したり,制御したりする技術全般を指す。細胞熱工学は研究チームの造語。

 

掲載論文

雑誌名:ACS Nano

論文名:Modulation of Local Cellular Activities using a Photothermal Dye-Based Subcellular-Sized Heat Spot (光熱変換色素を用いたサブセルサイズの熱源で細胞局所の機能を制御)

著者名:Ferdinandus, Madoka Suzuki, Cong Quang Vu, Yoshie Harada, Satya Ranjan Sarker, Shin’ichi Ishiwata, Tetsuya Kitaguchi, Satoshi Arai* (ファーディナンデス,鈴木団,コン・ブー,原田慶恵,サティア・サルケア,石渡信一,北口哲也,新井敏)*責任著者

掲載日時:2022年6月8日(米国東部時間)にオンライン版に掲載

DOI: 10.1021/acsnano.2c00285

https://doi.org/10.1021/acsnano.2c00285

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