金沢大学 ナノ生命科学研究所

ナノサイズの細胞外膜小胞の物性イメージングに成功 〜細菌は不均一な性質の膜小胞を放出する〜

  • MV(メンブレンベシクル)は細菌の生存戦略に深くかかわる重要な因子であるが、詳しい実態は不明
  • 高速原子間力顕微鏡を用いることで、ナノメートルサイズの小ささかつ柔らかく壊れやすいMV1粒子の物理的性質の測定に成功
  • MVの実態解明や、MVを介した生命現象のメカニズムの解明に貢献することが期待される

概要

金沢大学理工研究域生命理工学系/ナノ生命科学研究所の田岡東准教授らと筑波大学生命環境系および微生物サステイナビリティ研究センターの野村暢彦教授らの共同研究グループは,細菌が環境中に放出する微小な袋状の膜構造体(メンブレンベシクル: MV(※1))の物理的性質を原子間力顕微鏡(※2)と呼ばれる顕微鏡技術を用いて調べる方法を開発しました。

近年の国内外の研究で,MVは,細菌間の情報伝達やタンパク質の輸送,遺伝子の水平伝播に関与し,抗生物質やファージ(※3)への「おとり」として働いて細菌の生存を助けるなど,細菌の生存戦略に深く関わる重要な因子であることが報告されています。しかし,細菌が放出するMVの大きさは直径20~400ナノメートルnm,※4)程度と極めて小さいだけでなく,リン脂質膜(※5)という非常に柔らかくもろい構造でつくられていることから,MV粒子一つ一つの性質を個別に調べる方法は開発されておらず,MVの詳しい実態はこれまで明らかにされていませんでした。

本共同研究グループは,溶液中でMV1粒子の物理的性質を定量的に調べる方法を開発し,4種類の細菌が放出したMVの性質を比較しました。その結果,1種類の細菌が物理的性質の異なる多様な性質のMVを放出すること,また細菌種ごとに放出するMVに種特異的な性質の違いがあることを見いだしました。

MV1粒子の解析を可能にした本手法は,MVの実態解明や,MVを介した生命現象のメカニズムの解明に貢献することが期待されます。

本研究の成果は,2020年3月23日に国際学術雑誌『Nanoscale』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

細菌は,細胞膜で構成された微小な袋状の膜構造体であるMVを環境中に放出します。このMVは,細菌の生存のためのさまざまな役割を持つことが,近年の研究により明らかになりました(図1)。例えば,MVは,情報伝達分子や遺伝物質を含み,細菌の細胞と細胞との間での情報伝達や遺伝子の伝播を仲介します。また,細菌による感染では,毒素因子の運搬や病巣でのバイオフィルムの形成など,細菌の病原性にも関わっています。さらに,抗生物質やファージへの「おとり」として細菌が生き抜くための防御に働くことが知られています。このようにMVは,細菌の生存戦略のための多様な役割を果たしています。また,細菌がMVを形成するメカニズムに,複数の経路が存在することが分かり,MVの機能や性質に多様性があるのではないかという仮説が提唱されました。

細菌の放出するMVの分子レベルの実態は不明な点が多く,MVが多様な機能を担う仕組みや,一つ一つのMVの性質については,よく分かっていません。MVは,直径20~400nm程度と非常に小さく,また壊れやすい細胞膜でできているため,MV1粒子の性質を生理的環境下で詳細に調べることが困難でした。そのため,MVの性質を生理的環境に近い溶液中でナノメートルレベルの分解能で解析することができる新しい手法の開発が求められていました。

研究成果の概要

本共同研究グループは,原子間力顕微鏡の位相イメージング(※6)を用いて,MV1粒子の物理的な性質を測定する手法を開発しました(図2)。原子間力顕微鏡の位相イメージングは,表面化学やマテリアルサイエンスの分野で,主に無機物の物性測定に用いられる方法です。本研究では,その手法を生体試料の観察に応用しました。しかし,従来の原子間力顕微鏡は,試料に与える力が強く,柔らかく壊れやすいMVを観察することは困難です。そこで,本研究では,タンパク質分子や細胞などの壊れやすい生体物質を生理的な溶液中で観察することに特化した高速原子間力顕微鏡(金沢大学ナノ生命科学研究所の安藤敏夫特任教授らが開発)を用いることで,ナノメートルサイズの小ささかつ柔らかく壊れやすいMV1粒子の物理的性質の測定に成功しました(図3)。

この高速原子間力顕微鏡の位相イメージングにより,3種類のグラム陰性細菌と1種類のグラム陽性細菌が放出したMVの物性分布を調べて比較しました。その結果,これらの細菌は,物性の異なる複数のタイプのMVを放出することを初めて実験的に確かめることができました。さらに,細菌が環境中に放つMVの物理的特性には細菌種ごとに特異性があることが明らかになりました。このようなMVの不均一性は,MVの形状や構造ではなく,MVを構成する物質組成に起因することが示唆されました。本研究により,MVの性質に多様性があることが初めて示されました。

今後の展開

本研究でMVの不均一性が実験的に確かめられたことは,MVの機能多様性やMVによる種特異的な情報伝達のメカニズムを検証するために重要な知見と考えられます。細胞外に膜小胞を放出する現象は,細菌だけでなく,動物やヒトの組織でもよく知られています。本研究で開発された1粒子の膜小胞の物性解析法は,多様な細胞外膜小胞の研究への応用が期待できます。

 


図1.メンブレンべシクル(MV)の多様な役割
MVは,細菌が細胞外に放出する細胞膜で構成された膜小胞である(A)。細菌が放出するMVにはさまざまな役割がある(B)。例えば,MVは,細菌をターゲットとする薬剤やウイルスから細菌を防御するおとりとしての役割や,バイオフィルムと呼ばれる細菌集団が作るスライム状の構造体の材料を提供する。また,シグナル分子を介した細胞間コミュニケーション,毒素の運搬,さらに新しい形質を獲得するための遺伝子の水平伝播など物質の運び手として働く。

 

図2.高速原子間力顕微鏡による位相イメージングの概要図
高速原子間力顕微鏡は,マイカ基板の上に固定された試料のイメージングを行う。プロ ーブと呼ばれる非常に鋭い針が,振動しながら試料の上をなぞることで,試料の形を画像化する。このイメージング中に位相の遅れと呼ばれるプローブ振動の変化を検出し,位相遅れを画像化するのが位相イメージングである。この位相の遅れは,プローブがなぞっている試料表面の接着性や粘弾性などの物理的性質に依存する。本研究グループは,個々のMV粒子の物理的性質を,位相イメージングによって見える化した。

 


図3.高速原子間力顕微鏡によるMV粒子の位相イメージング結果
高速原子間力顕微鏡の位相イメージングによって見える化された1種類の細菌から放出されたMV粒子の表面物性(A)。位相イメージングでは,MV粒子ごとの物理的性質の違いが色で示される。赤いMV粒子は吸着性や粘弾性が低く,MV粒子の色がオレンジから黄色,緑となるにつれて吸着性や粘弾性が高いことを表す。このような高速原子間力顕微鏡像から,MVの物性分布を定量的に解析した(B)。その結果,1種類の細菌が分泌したMVは,物理的な性質が異なる粒子の集団であることが明らかになった。

 

用語説明

※1 メンブレンベシクル:MV
細菌が環境中に放出する細胞膜によって構成される直径20~400nmの微小粒

※2 原子間力顕微鏡
走査型プローブ顕微鏡の一種であり,先端が極めて鋭い探針が試料表面を走査しながら試料の表面の凹凸の計測を行う。

※ 3 ファージ
細菌に感染するウイルスの総称。ファージが細胞膜に結合することで細菌は感染する。

※ 4 ナノメートル(nm)
長さの単位で 100 万分の1ミリメートル。

リン脂質膜
親水性と親油性を併せ持つリン脂質が二層になった膜。生物の細胞膜を構成する基本構造として利用されている。

※6 位相イメージング
原子間力顕微鏡の測定モードの一つ。試料表面の物理的性質(吸着性や粘弾性など)がプローブ振動の位相遅れと呼ばれる物理量に影響を与える。位相イメージングは,この位相遅れを利用して,試料表面の物理的性質の違いを可視化する。

 

論文情報

雑誌名:Nanoscale

論文名:Diversity of physical properties of bacterial extracellular membrane vesicles revealed through atomic force microscopy phase imaging
(原子間力顕微鏡の位相イメージングによって明らかになった細菌の細胞外膜小胞の物性多様性)

著者名:Yousuke Kikuchi, Nozomu Obana, Masanori Toyofuku, Noriyuki Kodera, Takamitsu Soma, Toshio Ando, Yoshihiro Fukumori, Nobuhiko Nomura*, Azuma Taoka *
(* equal contribution)
(菊池 洋輔,尾花 望,豊福 雅典,古寺 哲幸,相馬 隆光,安藤 敏夫,福森 義宏,野村 暢彦*,田岡 東*)(*同等貢献)

DOI:10.1039/C9NR10850E

プレスリリース本文はここちら

 ページ先頭へ戻る