環状分子の“協同作業”を可視化することに成功
金沢大学理工研究域物質化学系の淺川雅教授、ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の柴田幹大教授、京都大学大学院工学研究科の生越友樹教授(兼 金沢大学ナノ生命科学研究所 特任教授)、大学院生命科学研究科の炭竈享司特定講師(兼 金沢大学ナノ生命科学研究所研究協力員)らの共同研究グループは、基板上に集まった環状分子が協力して他のゲスト分子を捕まえる様子を単分子レベルで可視化することに成功しました。
本研究では、微小な孔を持つ環状分子を基板上に高密度に並べ、その孔に別のゲスト分子が取り込まれて形成されるホスト–ゲスト錯体(※1)を、原子間力顕微鏡(AFM)(※2)を用いて直接観察しました。その結果、単独の分子では見られない現象として、ある環状分子がゲスト分子を取り込むと、その影響が周囲の環状分子に伝わり、ゲスト分子の取り込みが起こりやすくなる“協同的な挙動”が生じることを明らかにしました。さらに、計算科学的手法を用いることで、この“協同的な挙動”がどのような分子構造の変化に由来するのかを解明しました。加えて、ゲスト分子の取り込みと放出に伴う可逆的で動的な構造変化を、単一分子レベルで可視化することにも成功しました。
本研究成果は、「超分子化学」と「AFMによる高分解能観察と高速動態観察」、および「計算科学」といった異なる分野・手法の連携によって得られたものであり、環状分子が高密度に集積することで初めて現れる“協同的な挙動”を明らかにしたものです。機能性分子が可逆的に結合・解離する現象は、生体内を含むさまざまな分子システムで利用される基本的な仕組みであり、本研究はその基本原理を単一分子レベルで可視化した点に大きな意義があります。これらの知見は、将来的に環状分子を用いた化学センサの高感度化や貯蔵材料の高機能化・高性能化への応用へつながるとともに、安全・安心な社会の実現やエネルギー・環境問題の解決への貢献が期待されます。
本研究成果は、2026年5月20日4時(米国東部時間)に米国化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版(オープンアクセス)に掲載されました。
「金沢大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。
【研究の背景】
分子同士がくっついたり離れたりする「会合/解離現象」は、生体現象を含め、あらゆる分子システムの機能発現の基盤となる重要な仕組みです。この会合/解離現象は、化学センサや分離材料、医薬、エネルギー関連材料などの応用においても重要な役割を果たします。特に、特定の分子を選択的に認識して取り込むホスト–ゲスト化学は、超分子化学の代表的な研究領域として発展してきました。これまでに、分子の形状や電荷、相互作用を精密に設計することで、目的の分子だけを効率よく捕捉する多様なホスト分子が開発されています。こうしたホスト–ゲスト錯体の形成は、主に溶液中で研究されてきました。溶液系では、核磁気共鳴(NMR)や等温滴定カロリメトリー(ITC)、各種分光法などの手法により、会合定数や熱力学パラメータを評価することが可能です。しかし、これらの手法で得られる情報は、多数の分子の平均的な挙動に基づくものであり、個々の分子がどのように振る舞っているのかを直接観察することは困難でした。
一方、近年では機能性材料やデバイスの開発において、分子を固体表面に固定した状態で利用するケースが増えており、表面・界面におけるホスト–ゲスト相互作用の理解がますます重要となっています。このような表面に固定化された分子システムでは、溶液中とは異なる複雑な挙動が現れる可能性があります。特に、ホスト分子が基板上に高密度に集積した場合には、隣接する分子同士の相互作用が無視できなくなり、ある分子で起こった現象が周囲に影響を及ぼすことが考えられます。このような環境では、個々の分子が独立に振る舞うという単純なモデルでは説明できない、協同的・集団的な効果が発現することが予想されます。しかし、そのような界面特有の分子挙動を実験的に直接捉える手法は限られており、分子レベルでの理解は十分に進んでいませんでした。そのため、分子がどのような位置関係で存在し、どのように相互作用しながら結合や解離を繰り返しているのかを明らかにするためには、単一分子レベルでの情報を取得できる新たな計測手法の開発が強く求められていました。
このような背景のもと、表面・界面における分子の会合/解離現象を単一分子レベルで直接観察し、その空間分布やダイナミクスを明らかにすることは、基礎科学としての重要性に加え、将来的な機能性材料の設計指針を確立する上でも極めて意義深い課題となっていました。そこで本研究では、単一分子レベルの直接観察が可能な周波数変調AFMと、可逆的な会合/解離現象のダイナミクスを観察できる高速AFMを組み合わせ、基板上に集積したホスト–ゲスト錯体形成の理解に取り組みました。
【研究成果の概要】
本研究では、内部に微小な孔を持つ環状分子であるピラー[5]アレーン(P[5]A)を基板上に高密度に並べ、そこに直鎖状分子が取り込まれて形成されるホスト–ゲスト錯体に着目しました。周波数変調AFMと高速AFMという2種類のAFM技術を組み合わせることで、単一分子レベルでの空間分布と時間的な変化の両方を直接観察することに成功しました。

図1.基板表面に高密度集積された環状ホスト分子が“協同作業”でゲスト分子を捕まえる様子のAFMによる単一分子レベル観察
周波数変調AFM観察により、ホスト–ゲスト錯体の形成に伴う100 pm以下という極めて小さな構造変化を可視化し、分子レベルの空間分布を明らかにしました。

図2.周波数変調AFMによるホスト-ゲスト錯体形成の単一分子レベル計測
その結果、ホスト-ゲスト錯体は一様に分布するのではなく不均一に形成され、あるホスト分子がゲスト分子を取り込むと、その影響が周囲の分子に伝わり、次の結合が起こりやすくなる“協同的な挙動”が生じることが分かりました。特に、約3 nm離れた位置で結合が優先的に起こる特徴的な分布が観測されました。分子動力学計算との連携により、この現象は高密度に集積したホスト分子同士の相互作用や立体的な制約に起因すると考えられます。さらに、統計解析からも協同的な効果が定量的に示され、分子が密に集まることで結合挙動が大きく変化することが明らかになりました。

図3. 分子動力学(MD)計算によるメカニズム解明
また、高速AFM観察により、ホスト–ゲスト錯体の形成と解離が繰り返されるダイナミクスを直接可視化しました。個々の錯体の寿命はミリ秒から秒の時間スケールであり、これまで平均的な測定では得られなかった単一分子レベルのダイナミクスを捉えることに成功しました。

図4. 高速AFMによる会合/解離ダイナミクスの直接観察
これにより、ホスト–ゲスト相互作用における可逆的な結合と解離の過程を、単一分子レベルで直接追跡できることを示しました。
【今後の展開】
本研究では、表面・界面における分子の会合/解離現象を単一分子レベルで計測し、特徴的な“協同的な挙動”を発見しました。これらの研究成果は、機能性分子を高密度に集積することで初めて現れる新しい分子機能を、単一分子レベルで理解できることを示しており、得られた知見は、分子の配置や相互作用を考慮した機能性分子やその集合状態の精密設計に向けた重要な指針となります。今後、こうした理解に基づき、次世代の機能性材料や分子デバイスの新規開発につながることが期待されます。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Cooperative host–guest complexation in densely assembled host structures on surfaces revealed at the single-molecular level (表面上に高密度に集積したホスト構造における協同的ホスト–ゲスト錯体形成の単一分子レベルでの解明)
- 著者
- Hitoshi Asakawa, Hiroka Hatano, Shixin Fa, Takashi Sumikama, Mikihiro Shibata, Shu Takashima, Moe Ogasawara, Akio Ohta, Tada-aki Yamagishi, and Tomoki Ogoshi (淺川 雅、波多野尋花、Shixin Fa、炭竈享司、柴田幹大、高島柊、小笠原萌、太田明雄、山岸忠明、生越友樹)
- 掲載誌
- Journal of the American Chemical Society
- 掲載日
- 2026.05.20
- DOI
- 10.1021/jacs.6c00891
- URL
- https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.6c00891

