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掲載日:2023.11.30 Research Highlights

バイオ液滴の操作により、がん細胞の増殖制御に成功!

金沢大学新学術創成研究機構/ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の羽澤勝治准教授,ディニ・クルニア・イクリプティカワティ博士研究員,岩嶋友紀(当時:自然科学研究科自然システム専攻修士課程),リチャード・ウォング教授らは,学内,国内,中国ならびに米国の研究者らとの国際共同研究を推進し,がん悪性進展に重要ながん遺伝子(※1)を活性化するバイオ液滴の制御により,がん細胞増殖を抑制できることを発見しました。
細胞内では,タンパク質やRNA などの生体高分子が特定の領域で集まることで,遺伝子の発現や情報シグナル伝達など多くの生命反応が制御されています。本研究では,バイオ液滴によるがん遺伝子の発現を誘導する仕組みを発見しました。がん細胞は,核膜に存在する分子輸送孔の近くにバイオ液滴を配置することで,がん遺伝子から読み取られたmRNA を効率的に細胞質へ運ぶ仕組みを解明しました。このバイオ液滴の空間的配置制御が,がん遺伝子の発現と維持における重要な基盤機構であることを明らかにしました。
この発見は,新たながん治療や遺伝子操作法の開発に役立つことが期待されます。
本研究成果は,2023 年11 月3 日11 時(米国時間)に米国科学誌『Cell Chemical Biology』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

遺伝子情報を含むDNA は細胞の性質を決定する生命の設計図であり,核膜で覆われた核に存在します。遺伝子情報を発現する過程は時空間的に制御されており,DNA 情報をmRNA 情報への変換(転写)は核内で起こりますが,最終段階であるmRNA 情報から機能分子であるタンパク質への変換(翻訳)は,細胞質で行われます。そのため,核内でつくられたmRNA を速やかに細胞質へ運搬することが,遺伝子情報の発現に重要なステップとなります。がん細胞の増殖・転移に関与する遺伝子の多くは,過剰に発現することが知られていますが,これら遺伝子を効率的に発現・維持する仕組みについて詳細は不明でした。

研究成果の概要

転写を誘導するバイオ液滴の分子イメージング解析により,核膜周辺に一部のバイオ液滴が存在することが分かりました。この核膜近傍に存在するバイオ液滴は,扁平上皮がん細胞(※2)の増殖・転移を制御するがん遺伝子p63 の発現・維持に関与していることが分かりました。このバイオ液滴の空間的配置制御の仕組みについて解析すると,核膜に点在する分子輸送装置(核膜孔)の構成タンパク質NUP153 が,バイオ液滴を核膜孔近傍に引き留めていることが分かりました(図)。NUP153 の発現を抑制したがん細胞では,バイオ液滴が核膜近傍に局在できなくなり,がん遺伝子p63 に由来するmRNAの核外搬出効率が著しく減少しました。その結果,p63 タンパク質の発現低下ならびに細胞増殖の停止が起こりました。このことは,核膜に存在する核膜孔によって,バイオ液滴の核内における時空間配置制御が,がん遺伝子の発現・維持を保証する重要な分子基盤であることを示しています。

今後の展開

遺伝子の空間レイアウトを標的とする,新たな創薬開発やがん治療戦略につながることが期待できます。

 

用語解説

※1 がん遺伝子
変異を獲得することで,細胞を無秩序に増やす役割をもつ遺伝子。
※2 扁平上皮がん
体表を覆う多層上皮組織(皮膚,口腔内上 皮,食道)に由来するがん。

掲載論文情報

論文タイトル
Super-enhancer trapping by the nuclear pore via intrinsically disordered regions of proteins in squamous cell carcinoma cells
著者
Masaharu Hazawa, Dini Kurnia Ikliptikawati, Yuki Iwashima, De-Chen Lin, Yuan Jiang, Yujia Qiu, Kei Makiyama, Koki Matsumoto, Akiko Kobayashi, Goro Nishide, Lim Keesiang, Hironori Yoshino, Toshinari Minamoto, Takeshi Suzuki, Isao Kobayashi, Makiko Meguro-Horike, Yan-Yi Jiang, Takumi Nishiuchi, Hiroki Konno, H. Phillip Koeffler, Kazuyoshi Hosomichi, Atsushi Tajima, Shin-ichi Horike, Richard W. Wong
掲載誌
Cell Chemical Biology
掲載日
2023.11.03
DOI
10.1016/j.chembiol.2023.10.005
URL
https://doi.org/10.1016/j.chembiol.2023.10.005

Funder

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業,金沢大学新学術創成研究機構ユニット研究推進経費,上原記念生命科学財団,中富健康科学振興財団,ライフサイエンス振興財団の支援を受けました。また本研究は,AMED 課題番号JP23kk0305026 の支援を受けました。