凝集したタンパク質を再生する分子機械ClpBの動的な構造変化の可視化に成功
- 凝集したタンパク質をほぐして再生する「脱凝集」機能を持つ分子機械(※1)ClpBの動的な構造変化を,高速原子間力顕微鏡(※2)により初めて直接観察することに成功した。
- リング状のClpBの構造変化は,ネイティブ質量分析法(※3),電子顕微鏡単粒子解析法(※4),超遠心分析沈降速度法(※5)からも支持された。
- ClpΒが持つ2つのATP(※6)結合部位の化学反応サイクルに応じてリングの構造が大きく変化すること,またこの変化が脱凝集活性に重要であることを明らかにした。
- ClpBによる脱凝集の仕組みの一端を明らかにしたことで,凝集タンパク質が原因となる疾患の治療や有用タンパク質の品質維持など医療や産業への貢献が期待される。
概要
ClpBはリング状の構造を持つタンパク質で,生命にとって有害な凝集タンパク質をほぐして再生する「脱凝集」機能を持ちます。ClpBは脱凝集の際,ATP(アデノシン3リン酸)のエネルギーを利用して,リング中央の孔にタンパク質を通すことで脱凝集すると考えられていましたが,その具体的な仕組みは分かっていませんでした。
このたび,金沢大学ナノ生命科学研究所安藤敏夫特任教授は,名古屋大学,甲南大学,大阪大学,自然科学研究機構の研究グループと共同で,高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用い,ClpBリングの構造変化を直接観察することに初めて成功しました。ClpBリングの構造変化は,ネイティブ質量分析法,電子顕微鏡単粒子解析法,超遠心分析沈降速度法からも支持されました。これらの結果より,ClpBのリングはATPの結合・加水分解に応じて,円型・らせん型・ねじれた半らせん型と大きく構造変化することが明らかになりました。また,変異型ClpBを用いた解析により,これらの構造変化が脱凝集を引き起こす原動力となっていること,およびClpBが持つ2つのATP結合部位がそれぞれ固有の役割を担っていることを明らかにしました。
本研究成果は,2018年6月1日午後6時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
研究の背景・経緯
タンパク質は多数のアミノ酸がつながった紐状の分子で,複雑な立体構造を形成して働きます。しかし,タンパク質の立体構造は熱などのストレスにより簡単に壊れ,構造が壊れたタンパク質はお互いに絡まって凝集してしまいます。例えば,ゆで卵の白身はタンパク質が凝集した状態の一例です。凝集したタンパク質は機能を失うだけでなく,生体に悪影響を与えます。ClpBは,凝集してしまったタンパク質を脱凝集して再生するという特殊な機能を持つタンパク質分子機械です。
ClpBは,AAA1,AAA2と呼ばれるATPを結合・加水分解するドメイン(※7)と,Nドメイン,Mドメインと呼ばれる補助ドメインからなり,リング状の6量体(※8)を形成して働きます。これまでの研究から,ClpBはATPの化学エネルギーを利用し,リング中央の孔に凝集したタンパク質をほぐしながら通すことで脱凝集するといわれていました。また,細長い棒状のMドメインはリングの周囲を取り囲み,ClpBの脱凝集活性を制御することが知られています。しかし,ATPの結合・加水分解によって,ClpBの構造がどのように変化し,それがどのように脱凝集につながるのかなど,分子レベルの仕組みは分かっていませんでした。
X線結晶構造解析(※9)や極低温電子顕微鏡像(※10)の三次元再構成といった手法により,これまでにClpBや,酵母の類縁分子(ホモログ)であるHsp104(※11)の構造解析がなされていました。これらは,タンパク質の立体構造を原子レベルで明らかにする優れた手法ですが,多数の分子の平均構造のスナップショットが得られるだけであり,個々の分子のダイナミックな構造変化の情報を得ることは困難です。脱凝集の仕組みの関係を知るには,個々の分子の構造変化を直接観察して詳細に調べる必要がありました。
研究成果の内容
本研究では,高速AFMを用いてClpBの構造変化を100ミリ秒の時間分解能で観察することに成功しました。ATP存在下で観察したところ,6量体の「閉じたリング」と,リングの一部が切れた「開いたリング」が観察されました(図1)。ClpBが6量体を形成することはネイティブ質量分析法でも確認され,閉じたリングと開いたリングの両方が存在することは電子顕微鏡単粒子解析法でも確認されました。閉じたリングと開いたリングは観察中に何度も行き来しており,ATP濃度が高いほど閉じたリングの割合が増加しました。また,閉じたリングはさらに,高さがほぼ一様な「円型」,らせん階段の様に連続的に高さが変化する「らせん型」,2つのらせん構造が向かい合った「ねじれ半らせん型」に分類されました(図1)。ねじれ半らせん型は,ClpBが6量体リングを形成する際の構造単位が3量体であることを示唆しますが,この点は超遠心分析沈降速度法からも初めて確認されました。円型,らせん型,ねじれ半らせん型構造は相互に行き来しており,ATP濃度が高いほど変換の頻度が高くなりました。これらの結果から,ClpBはATPの結合によって閉じたリングを形成し,結合したATPの加水分解のサイクルに応じて円型,らせん型,ねじれ半らせん型と構造を変化させることが明らかになりました。
また,ClpBの2つのATP結合部位であるAAA1,AAA2それぞれについて,ATPの結合あるいは加水分解を阻害した変異体の観察も行いました。その結果,ClpBはAAA1へのATPの結合で多量体化が促進され,AAA2へのATPの結合によって6量体が安定化されるとともに,円型,らせん型,ねじれ半らせん型の変換はAAA2でのATP加水分解によって起こることが明らかになりました(図2)。
さらに,Mドメインの先端のアミノ酸を置換したClpBの変異体は,ATP加水分解活性は保持するが脱凝集活性を失うことが知られています。この変異体を観察したところ,閉じたリングが円型に維持され,らせん型やねじれ半らせん型への構造変化はほとんどみられなくなりました。この結果から,今回初めて見いだされた円型,らせん型,ねじれ半らせん型間の構造変化が,脱凝集反応に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
今後の展開
タンパク質の凝集は,ヒトではアルツハイマー病をはじめとするさまざまな疾患と深く関連しています。また,有用なタンパク質を医療や産業に利用する場合,凝集体の形成は品質管理上大きな問題になります。本研究の成果は,こうした疾患の治療や有用タンパク質の品質維持・管理に貢献する可能性を秘めています。
またClpBは,AAA+と呼ばれるタンパク質ファミリーに属しています。このファミリーには,DNAの複製,生体膜の融合,細胞内物質輸送,概日時計の維持など,生命の重要な機能を担うタンパク質が多数含まれており,ClpBとよく似た構造を持っています。本研究の成果は,これらのAAA+ファミリータンパク質に共通な仕組みの解明にもつながると期待できます。
図1:高速AFMによるClpBリングの観察像(上)と模式図(下)
円型,らせん型,ねじれ半らせん型が観察された。上段のスケールバー(白線)は2 nm。
図2:ClpBの動的な構造変化の模式図
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Dynamic Structural States of ClpB Involved in Its Disaggregation Function
(ClpBの脱凝集機能に関与する動的構造状態) - 著者
- Takayuki Uchihashi†, Yo-hei Watanabe†*, Yosuke Nakazaki, Takashi Yamasaki, Hiroki Watanabe, Takahiro Maruno, Kentaro Ishii, Susumu Uchiyama, Chihong Song, Kazuyoshi Murata, Ryota Iino*, Toshio Ando* (†共同筆頭著者,*責任著者)
- 掲載誌
- Nature Communications
- 掲載日
- 2018.06.01
- URL
- https://www.nature.com/articles/s41467-018-04587-w
Funder
本研究は,科学研究費補助金JP15H03540, JP16H00830, JP16H00758 (内橋貴之),科学研究費補助金JP26440085(渡辺洋平),科学研究費補助金JP16H00770, JP17H03975(内山進),科学研究費補助金JP15H04366, JP16H00789, JP16H00858, JP17K19213 (飯野亮太),科学研究費補助金JP24227005, JP26119003(安藤敏夫),自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンターBIONEXT project(内山進),JST/CREST, JPMJCR13M1(安藤敏夫)の支援を受けて実施されました。