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掲載日:2023.06.09 Research Highlights

細胞シートが剥がれる力学的な仕組みを解明 -細胞培養基材のデザインへの応用に期待-

概要

慶應義塾大学理工学部の山下忠紘専任講師、金沢大学ナノ生命科学研究所の奥田覚准教授、慶應義塾大学理工学部の須藤亮教授、デュッセルドルフ大学のフィリップ・コールマンズバーガー教授らの共同研究グループは、細胞集団の運動を記述する独自の力学モデルを開発し、細胞集団が立体的な培養面から剥がれ、大規模な変形を引き起こす仕組みを解明しました。

今回新しく開発したシミュレーション技術は、細胞が発する力や、細胞と足場素材の接着強度といった力学的パラメータをもとに、細胞集団が立体的な構造体の上で起こす複雑な変形・破断現象を予測します。研究グループは、マイクロ構造体の上で培養された細胞の形態と、シミュレーションが描き出す細胞集団の形態を詳細に比較・解析しました。そして、多数の細胞が発する牽引力が一部に集中することで、細胞と足場の接着が破断し、それを起点として細胞集団の大規模な変形現象が引き起こされることを明らかにしました。

本シミュレーション技術を利用することで、さまざまな形状を持つ立体的な足場の上で、細胞集団が形作る組織の形態を定量的に予測できるようになります。再生医療や組織工学の分野で、細胞培養基材を設計するための有用なツールとなることが期待されます。

本研究成果は2023年5月9日に国際科学誌Acta Biomaterialiaでオンライン掲載されました。

本研究のポイント

・細胞集団の変形を記述する新しい力学モデルを開発

・細胞シートがマイクロ加工表面から剥離する力学的な仕組みを解明

・再生医療や組織工学の分野で、複雑な形状の培養足場での細胞の動きを予測するツールとして期待

 

研究背景

人の身体を構成する細胞は、隣り合う細胞や、細胞外基質(※1)を引っ張る性質を持ちます。細胞が絶えず発揮しているこのような牽引力は、身体の恒常性の維持、例えば傷口をふさぐ際の大きな助けとなることが知られています。細胞が持つ力は、再生医療の用途にもうまく利用されてきました。例えば、プラスチック製の皿の上で培養された細胞をシート状にうまく剥離し、移植治療に利用する際も、細胞が発揮する牽引力を積極的に利用しています。

近年、3Dプリンターなどの技術を使って、複雑な形状を持つ人工素材を加工してその上で細胞を培養し、リアルな臓器を作ろうとする研究が盛んに行われています。ところが、複雑な立体面で細胞を培養しようとすると、細胞が持つ力が災いし、せっかく精密に加工した培養基材から細胞が剥がれ、凝集してしまうことがしばしば起こります。立体面に培養された細胞は、なぜ自発的に剥がれてしまうのか? この原理が分からなければ、リアルな臓器を作るための素材を効率的にデザインすることができません。そこで本研究グループは今回、細胞培養実験と力学シミュレーションを組み合わせて、細胞が立体面から剥がれる仕組みを明らかにしました。

 

研究内容・成果

本研究グループは、細胞の剥がれ現象の仕組みを理解するため、コンピューターを使って細胞集団の変形や破断を予測する、新しいシミュレーション技術を開発しました(図1)。このシミュレーション技術によって描き出された細胞の剥離・凝集挙動は、同じ形の立体面で実際に培養された細胞の様子をよく再現し、その仕組みを予測できるようになりました(図2)。さらに、このシミュレーション技術を使ってバーチャルな実験を行うことで、細胞が発揮する牽引力が、連鎖的な剥がれを生み出す力学的な仕組みを解明しました。

研究の結果、多数の細胞がマイクロ構造体の表面を覆った後、それぞれの細胞が発する牽引力が一部に集中することで細胞と足場の接着が壊されること、さらに細胞集団が変形することで応力集中(※2)が連鎖的に進行し、破断や凝集といった細胞集団の大規模な変形現象が引き起こされることを明らかにしました(図3)。さらに、このシミュレーション技術を用いることで、角張った凹凸を持つ星形基板など(図4)、複雑な立体面から剥がれる細胞の形態を再現することができました。

本研究が開発したシミュレーション技術や、それを使って解明した細胞の剥がれ現象の原理は、3Dプリンティングなどの先端の技術を使い、再生医療の分野で細胞培養容器の設計・加工技術が発展するための基盤となることが期待されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図1 研究グループが独自に開発した粒子ベース力学モデル

 

 

 

 

 

 

 

 

図2 顕微鏡下で観察された細胞集団の形態(上段)と、シミュレーションが予測する細胞集団の形態(下段)の比較

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図3 再現された細胞の剥がれ挙動と、細胞が他の細胞や接着面に及ぼす力の空間分布

 

 

 

 

 

 

図4 細胞がマイクロ加工表面から剥がれていく際に働く力のシミュレーション結果

 

今後の展開

今後は、細胞の増殖や細胞外基質の産生といった、生物学的な振る舞いを粒子ベース力学モデルに取り込み、人工環境で培養された細胞集団の動態を予測する発展的な数値計算手法の開発を目指します。将来、このような手法を発展させることで、「細胞集団がどのような形態を取り、どのような性質を示すか」をある程度の確度をもって予測し、再生医療の基材を効率よくデザインすることができるようになると考えています。このような試みを通じて、国民の健康増進や、健やかな暮らしの実現に貢献することを目指します。

用語解説

※1 細胞外基質
生物の柔らかい身体は、細胞と、細胞の外に存在するさまざまな繊維状の固形物質が規則正しく集合してできています。この「細胞の外に存在するさまざまな繊維状物質」を総称して、細胞外基質と呼びます。身体の中のさまざまな場所に存在するコラーゲン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸などは、代表的な細胞外基質です。
※2 応力集中
物体が変形を起こすとき、その内部でどれくらいの力がどの方向に加わっているかを「応力」という指標で表します。同じ大きさの力が加えられていても、物体の形状がくびれていたりすると、その部分に力が集中的に作用(=応力が増大)し、大きな負荷がかかることがあります。このような現象を応力集中と呼びます。応力集中が起きる部分は、しばしば破壊の起点となることが知られています。

掲載論文情報

論文タイトル
Multicellular dynamics on structured surfaces: Stress concentration is a key to controlling complex microtissue morphology on engineered scaffolds
著者
Ryosuke Matsuzawa, Akira Matsuo, Shuya Fukamachi, Sho Shimada, Midori Takeuchi, Takuya Nishina, Philip Kollmannsberger, Ryo Sudo, Satoru Okuda, Tadahiro Yamashita
掲載誌
Acta Biomaterialia
掲載日
2023.05.09
DOI
10.1016/j.actbio.2023.05.012
URL
https://doi.org/10.1016/j.actbio.2023.05.012

Funder

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 研究活動スタート支援(18H05963)、若手研究(19K20679、21K18041)、挑戦的研究(萌芽)(20K20958)、基盤研究B(21H01209) 、二国間交流事業(JPJSBP1201976)、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR1921)、日本医療研究開発機構(21bm0704065h0001)、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援のもとで行われたものです。