外しやすさを変えられる絡み合い分子の構築に成功!
金沢大学ナノ生命科学研究所の秋根茂久教授,同理工研究域物質化学系/ナノ生命科学研究所の酒田陽子准教授らは,外しやすさを自在に変えられる絡み合い分子の構築に成功しました。
複数の分子が絡み合って形成された分子はインターロック分子と呼ばれ,ダンベル型分子と環状の分子からなるロタキサン(※1)は代表的なインターロック分子の一つです。ダンベルのくびれた部分に輪がはまって抜けなくなったロタキサンのような構造は,我々の日常においてもネックレス,腕時計などさまざまな場面で見られます。首にかけたネックレスや手首にはめた腕時計はくびれに輪がはまって抜けない構造となっていますが,好きなときにつけたり外したりできます。しかし,分子の世界でロタキサンの環状分子の出入りを自在に制御する手法はほとんど開発されていませんでした。鉄アレイのように外しにくい状態と,レゴブロックのような切断可能な部位を含む外しやすい状態とを切り替えられるダンベル型分子を用いれば,環状分子の出入りを自在に制御できます。
本研究では,このような環状分子の出入りを自在に制御できるロタキサンを構築することに成功しました。外しやすさを切り替えられる部位として,金属イオンと有機分子からなる金属配位結合を導入したダンベル型分子を設計しました。このダンベル型分子は,結合が切れたりついたりする頻度が低いため,ダンベル型分子と環状分子を混合した場合,ロタキサンは非常にゆっくりとしか形成されません。すなわち,この状態ではダンベル型分子は鉄アレイ状態です。一方で,加速剤を少量添加するとダンベル型分子の結合は切れやすくなり,ロタキサンの形成速度は劇的に加速され,レゴブロック状態となりました。このようにダンベル型分子や環状分子の構造を変化させることなく,加速剤を少量加えるだけでダンベル型分子の外しやすさを切り替え,ロタキサンの環状分子の出入りの速度を制御することに成功しました。
これらの知見は将来,望みのタイミングで動きを制御できる分子機械の開発に活用されることが期待されます。
本研究成果は,2023年1月10日(中央ヨーロッパ時間)にドイツ化学会誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版に掲載されました。
研究の背景
複数の分子が絡み合って形成された分子はインターロック分子と呼ばれ,ダンベル型分子と環状の分子からなるロタキサンは代表的なインターロック分子の一つです。ロタキサンのダンベル型構造の末端は環状分子の穴のサイズよりも大きいため,環状分子が抜けない知恵の輪のような構造をしています。ダンベル型分子と環状分子は互いに絡み合っていますが,それぞれが自由に動くことが可能であるため,ロタキサンは分子機械の部品としても広く利用されてきました。
ダンベルのくびれた部分に輪がはまって抜けなくなったロタキサンのような構造は,我々の日常においてもネックレス,腕時計などさまざまな場面で見られます。首にかけたネックレスや手首にはめた腕時計はくびれに輪がはまって抜けない構造となっていますが,ホックやバックル部分を開閉することで,好きなときにつけたり外したりすることができます。これを分子の世界に当てはめてみると,環状分子やダンベル型分子のどこかの結合を自在に切ったりつけたりすることができれば,ロタキサンの環状分子の出入りを望みのタイミングで自在に制御可能と考えられます。ダンベル型分子や環状分子のパーツに金属配位結合や動的共有結合などの可逆的な結合を組み込んでロタキサンを合成した例はこれまでにもありましたが,後から環状分子の出入りの速度を自在に変えられるロタキサンはほとんど報告されていませんでした。鉄アレイのように外しにくい状態と,レゴブロックのような切断可能な部位を含む外しやすい状態とを切り替えられるダンベル型分子を用いれば,環状分子の出入りを自在に制御できると期待されます(図1)。
本研究では,ロタキサンの環状分子の外れやすさを自在に変えられる結合として金属イオンと有機配位子からなる金属配位結合に着目し,自在に環状分子の出入りをコントロールできるロタキサンを構築することに成功しました。
研究成果の概要
本研究グループは,フェニレンジアミンと呼ばれる有機配位子をパラジウムイオンに結合させた金属錯体部位をもつダンベル型分子を新たに設計しました(図2)。貫通させた環状分子が容易に抜けないようにするため,ダンベル型分子の両末端にはトリプチセンと呼ばれる嵩高い三枚羽根構造を導入しました。また,環状分子としてはクラウンエーテル誘導体の27C9を用いました。環状分子である27C9の内孔サイズは,トリプチセンよりも小さいため,パラジウムイオンとフェニレンジアミン間の金属配位結合が切れなければ,ロタキサン構造は形成されないと考えられます。
実際に,有機溶媒中でこのダンベル型分子と27C9を混合すると,非常にゆっくりと時間をかけてロタキサンが形成され,ロタキサンの生成率が100%になるのに10時間を要しました。この遅い反応は,ダンベル型分子内のパラジウムイオンとフェニレンジアミン間の結合が強く,結合が切れたりついたりする頻度が低いことに起因すると考えられます。すなわち,このロタキサンは環状分子の出入りが起こりにくい静的なロタキサン(鉄アレイ状態)であると言えます(図3 a)。
一方で,このロタキサン形成反応は適切な加速剤を添加することで大幅に加速できることを見出しました。加速剤として,パラジウムイオンに配位できるさまざまな単座配位子を試みたところ,臭化物イオンが最大の加速効果を示すことがわかりました。少量の臭化物イオン存在下,同様な条件でロタキサン形成反応を行うと,形成速度は27倍も加速されました。すなわち,加速剤を添加するだけで,金属配位結合が切れたりついたりする頻度を高め,環状分子が容易に出入り可能な動的なロタキサン(レゴブロック状態)へと変換できました。また,この加速効果は環状分子と強く相互作用するセシウムイオンを加えてロタキサンをダンベル型分子と環状分子へと解離させる際にも同様に観測され(図3b),ロタキサンの形成,解離いずれの過程においても環状分子の出入りの速度を制御できることがわかりました。
これまでにロタキサン構造中のダンベル型分子から環状分子を出入りさせるためには,ダンベル型分子の末端の大きさを変えたり,環状分子の大きさを変えるなど,構成分子の化学修飾を必要とする手法が広く用いられてきました。本手法では,ダンベル型分子や環状分子の化学構造を変化させることなく,加速剤を少量加えるだけでより簡便にロタキサンの環状分子の出入りの速度を制御できました。
今後の展開
本研究の成果は,分子の絡み合い構造を時間軸でコントロールする分子の設計において重要な指針となり,望みのタイミングで動きを制御できる分子機械の開発に活用されることが期待されます。
研究資金
本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(B),21H01948, 挑戦的研究(萌芽),21K18977, 新学術領域研究「ソフトクリスタル」,20H04667),岩谷直治財団,旭硝子財団,戸部眞紀財団,住友財団,文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて実施されました。
参考図
図1 ロタキサン構造中の環状分子の出入りのしやすさを制御する戦略。鉄アレイ型ロタキサンとレゴブロック搭載型のロタキサンを切り替えることで,環状分子の出入りを自在に制御できる。
図2 本研究で用いたダンベル型分子と環状分子の構造。ダンベル型分子の末端に導入したトリプチセン部位が環状分子の内孔サイズよりも大きいため,金属配位結合が解離した状態を経由してロタキサンが形成される。
図3 加速剤を用いた環状分子の出入り速度の制御。(a) ダンベル型分子と環状分子を混合してもロタキサンは非常にゆっくりとしか形成されないが,加速剤を少量添加するだけ大幅に形成反応は加速される。(b) ロタキサンに対して環状分子と強く相互作用するセシウムイオンを添加すると,非常にゆっくりとしかロタキサン構造が解離しないが,加速剤を少量添加するだけ大幅に解離反応は加速される。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Speed Tuning of Formation/Dissociation of a Metallorotaxane (金属イオンを含むロタキサンの形成・解離速度の精密制御)
- 著者
- Yoko Sakata,Ryosuke Nakamura,Toshihiro Hibi,Shigehisa Akine (酒田陽子,中村亮介,日比敏博,秋根茂久)
- 掲載誌
- Angewandte Chemie International Edition
- 掲載日
- 2023.01.10
- DOI
- 10.1002/anie.202217048
- URL
- https://doi.org/10.1002/anie.202217048