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掲載日:2022.06.09 Research Highlights

甲殻類に含まれるナノ結晶を 分子レベルで観察することに成功!

金沢大学ナノ生命科学研究所のアイハン・ユルトセベル特任助教と福間剛士教授,ナノ生命科学研究所の海外PIで,カナダ・ブリティッシュコロンビア大学のマーク・マクラクラン教授,同フィンランド・アールト大学のアダム・フォスター教授らによる共同研究グループは,甲殻類に由来するキチン(※1)のナノ結晶を3次元原子間力顕微鏡(AFM)(※2)により分子レベルで観察することに成功しました。

再生可能な天然資源の一つであるキチンは,その強度や毒性の少なさから,ナノ材料としての利用がさまざまな分野で模索されています。また,その性質のさらなる向上や実材料へ応用を図るためには,その表面構造や水との反応を分子レベルで明らかにすることが望まれていますが,従来はこれらを直接解析できる計測技術がなく,その構造の詳細はよく知られていませんでした。

本研究では,金沢大学のグループがこれまでに開発した,物質の表面構造を分子スケールで観察できるAFMを用いて,エビの殻から得られたキチンのナノ結晶を水の中で観察し,その表面を分子レベルで可視化することに成功しました。さらに,物質/水の界面構造を空間的に観察できる3次元AFMにより,キチンナノ結晶の表面と水が接する界面を観察し,水分子の分布が表面の凹凸に沿って空間的に並んだ層状の構造を形成する様子を捉えました。この構造を詳細に解析するため,キチンナノ結晶の周りに水分子を配置したモデルを作成しシミュレーションしたところ,水分子がキチンの表面に強く引き寄せられ,さらにこれらが化学的に結合することも明らかとなりました。その一方で,キチンナノ結晶表面には水分子がない部分も存在しており,キチンには水分子と結合する分子と結合しない分子の2種類が存在することも分かりました。

これらの知見は,キチンナノ結晶の分子レベルの構造に関する重要な手がかりとなり,将来的にキチンを用いたナノ材料の開発に活用されると期待されます

本研究成果は,2022年6月9日に国際学術誌『Small Methods』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

キチンはカニ,エビ,菌類などに多量に含まれる多糖類のナノ結晶であり,再生可能な天然資源の一つとして知られています。このキチンは比較的高い強度を持ち,また毒性が非常に少ないことから,例えばドラッグデリバリーシステムのような生体工学材料への応用など,ナノ材料としての利用が様々な分野において近年模索されています。その一方で,キチンの分子レベルの構造は未解明な部分が多く,それ故に上記のような性質の由来についてはよく知られていません。さらに,このキチンを実際に材料として用いる上で,水分子に含まれる酸素と反応させる必要がありますが,そのメカニズムを明らかにするためにキチンの表面と水分子の相互作用に関する詳細な理解が望まれています。

金沢大学ナノ生命科学研究所の福間剛士教授らの研究グループでは,これまでに物質の表面構造を分子スケールで観察できる原子間力顕微鏡(AFM)や,物質/水の界面構造を空間的に観察できる3次元AFMを開発しました。本研究ではこれらの技術により水の中におけるキチンを観察し,その表面の化学的性質や水分子との反応メカニズムについて解析しました(図1A)。

研究成果の概要

本研究ではエビの殻から単離したキチンを基板上に固定化しました。これを水の中でAFMにより観察したところ,基板の広い範囲において均一な大きさの針状の構造を持つキチンのナノ結晶が複数確認されました。これらのナノ結晶の一つを高い分解能で観察したところ,その表面は分子レベルの凹凸が規則正しく並んだ構造を有することが分かりました(図1B)。さらに,その表面上において3次元AFMによる観察を行い,水分子の分布に応じた輝点がキチンの長鎖方向に沿って整列した層のような構造を形成することが明らかとなりました(図1C-F)。

この構造の詳細を解析するために,キチン表面上における水分子の構造を分子動力学法によりシミュレーションしました。その結果,水分子がキチンに引き寄せられ,キチン表面を包み込むように水分子が整然とした層を形成することが明らかとなりました。さらにこれら二つの分子の間には強固な化学結合が存在することも分かりました。一方で,この層の中には水分子が存在しない部分も見られ,必ずしも均一な構造ではないことも判明しました。これらは,キチンの表面には水と相互作用する分子としない分子の2種類で構成されていることを示唆しています。このような構造パターンを知ることは,今後キチンによる水分子との化学反応を検討する上で非常に有用な情報となります。

今後の展開

本研究により,キチンナノ結晶の分子レベルの構造に関する重要な手がかりを得ることができました。キチンを用いた機能性ナノ材料を形成するためには,キチンナノ結晶の分子レベルの構造に関する知識をもとに化学処理を行う必要があることから,本研究で得られた知見を高性能かつ実用性の高いナノ材料開発へ活用することが期待されます。

研究資金

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:20H00345,20K05321),科学技術振興機構未来社会創造事業(課題番号:18077272),文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI),金沢大学超然プロジェクト,公益財団法人住友財団 基礎科学研究助成(課題番号:190382),カナダ自然科学・工学研究会議 Discovery Grant(課題番号:F16-05032),フィンランドアカデミー Flagship Programme(課題番号:318890,318891,314862)の支援を受けて実施されました。

図1. (A)基板上に固定化されたキチンナノ結晶の3次元AFM観察を示す模式図。探針を水平方向と垂直方向に同時に動かしつつ,空間的に観察する。(B)AFMで見たキチンナノ結晶の表面。結晶表面の分子レベルの凹凸を捉えた。(C) キチン/水界面の3次元AFM画像。(D-F) キチンナノ結晶の長鎖方向に撮影したキチン/水界面の垂直2次元断面図。赤,白,青の楕円は,整然と並んだ水分子分布を示している。青と赤の楕円で示された領域は,水分子がキチンの水素原子または酸素原子との水素結合によって安定化されている領域に対応し,これらの領域の間のコントラストが暗い領域は,水分子がキチン表面と水素結合を作らない領域に対応している。

用語解説

※1 キチン
キチン甲殻類の殻や菌類の外壁に含まれる天然由来の高分子。これらの生物の外被の強度を高める役割を担っている。近年,キチンはナノマテリアルとして工学や医学の幅広い分野において注目を集めており,補強材,水質浄化,薬物送達などへの応用に向けて研究開発が多く行われている。このキチンからナノマテリアルを作るためには,酵素を使って化学的に構造を変える必要があり,この反応の多くは水環境で行われる。そのため,キチンの構造や水との相互作用を理解することは,この分野の研究において重要である。
※2 原子間力顕微鏡(AFM)
先端が非常に鋭く尖った探針で観察対象をなぞることにより,その探針の動きから表面の凹凸を反映した画像を取得する顕微鏡。真空中・大気中・水中などのありとあらゆる環境下において原子・分子レベルの構造を捉えることが可能である。一方で,従来のAFMは観察対象の表面しか見ることができなかった。この問題を克服するため,金沢大学の福間剛士教授らは,探針を水平方向だけでなく垂直方向にも動かすことで,観察対象の表面だけでなく水と接している界面の情報を空間的に計測できる3次元AFMを開発した。

掲載論文情報

論文タイトル
Probing the Structural Details of Chitin Nanocrystal–Water Interfaces by Three-Dimensional Atomic Force Microscopy(3次元原子間力顕微鏡によるキチンナノ結晶/水界面の詳細構造解析)
著者
Ayhan Yurtsever, Pei-Xi Wang, Fabio Priante, Ygor Morais Jaques, Kazuki Miyata, Mark J. MacLachlan, Adam S. Foster, Takeshi Fukuma(Ayhan Yurtsever,Pei-Xi Wang,Fabio Priante,Ygor Morais Jaques,宮田一輝,Mark J. MacLachlan,Adam S. Foster,福間剛士)
掲載誌
Small Methods
掲載日
2022.06.09
DOI
10.1002/smtd.202200320
URL
https://doi.org/10.1002/smtd.202200320