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掲載日:2020.12.21 Research Highlights

肺がんが分子標的薬に抵抗するメカニズムを新たに解明!

金沢大学がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所の矢野聖二教授,がん進展制御研究所の谷本梓助教,国立がん研究センター東病院呼吸器内科の松本慎吾医長,後藤功一科長らの共同研究グループは,分子標的薬(※1)にさらされた肺がん細胞が,TP53遺伝子(※2)の変異を有することにより,抵抗し生き延びることを初めて明らかにしました

研究の背景

肺がんは,年間約8万人が死亡する我が国のがん死亡原因第一位のがんです。日本人の肺がんの約4%に,ALKという遺伝子が他の遺伝子と融合することを原因とする肺がん(ALK融合遺伝子陽性肺がん)が存在します。ALKは融合遺伝子となることで強い生存シグナルを発するようになるため,ALKの機能を抑えるアレクチニブ(※5)という分子標的薬が有効です。アレクチニブは,約9割のALK融合遺伝子陽性肺がんに劇的に効いて腫瘍を一旦小さくしますが,一部の患者では効果が持続せず早期に再発することが問題になっています。
一方で,海外の研究グループは,がん抑制遺伝子であるTP53の変異を有する患者において,ALKに対する分子標的薬の効果が低下することを報告しておりましたが,未治療の症例におけるALK阻害薬のTP53に対する影響や実験レベルでの検討が行われておりませんでした。

研究成果の概要

本研究では,TP53変異のALK融合遺伝子陽性肺がんについて解析し,分子標的薬アレクチニブにさらされた腫瘍細胞が抵抗するメカニズムを再現し,その抵抗性を解除する治療法を新たに見いだしました。
国立がん研究センター東病院が中心となり形成する肺がん遺伝子診断ネットワーク「LC-SCRUM」のデータベースを活用し,日本人におけるTP53変異のALK融合遺伝子陽性肺がんのデータを解析しました(図1)。その結果,ALK融合遺伝子陽性肺がん症例の25%にTP53の変異がありました。さらに,ALK阻害薬未治療のTP53野生型(変異がない)と変異型の患者群に分けて,アレクチニブの治療効果を比較したところ,変異型では明らかに治療効果の持続期間が短いことが明らかとなりました(図2)。
次に,変異型のALK融合遺伝子陽性肺がんに対して,野生型TP53を導入したところ,アレクチニブに対する感受性が増強したことから,TP53の活性がアレクチニブの効果に強く関与することが分かりました。
がん抑制遺伝子であるTP53は,がん細胞が治療を受けて細胞死となるアポトーシスを誘導する重要な遺伝子です。そのため,TP53が変異している場合においても,アレクチニブの効果が維持されるためにはTP53を介さない経路でのアポトーシスが必要と考えられました。そこで,着目したのがアポトーシスを促進するタンパクであるNoxa(※6) です。プロテアソームによって分解されるはずだったNoxaがプロテアソーム阻害薬によって蓄積することで,抗アポトーシス蛋白であるMcl-1(※7)に結合・阻害して強いアポトーシスを引き起こします(図3)。

今後の展開

本研究成果により,TP53変異の ALK融合遺伝子陽性肺がん患者に,治療当初からプロテアソーム阻害薬を分子標的薬に併用することで,腫瘍を縮小し,根治あるいは再発までの期間を劇的に伸ばすことが期待されます。

図1. 日本人のALK融合遺伝子陽性肺がん患者におけるTP53変異の頻度

図2. TP53野生型と変異型におけるアレクチニブの無増悪生存期間

図3. TP53変異陽性のALK融合遺伝子肺がんに対してプロテアソーム阻害薬がNoxaを蓄積してアポトーシスを誘導する

用語解説

※1 分子標的薬
がんの増殖や生存に重要な役割を果している分子にピンポイントで作用する薬。2001年に白血病に対するイマチニブ(商品名グリベック)と乳がんに対するトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)が認可されたのを皮切りに,日本では現在40種類以上の分子標的薬ががんに対して認可されている。
※2 TP53遺伝子
がん抑制遺伝子として,DNA修復,アポトーシス誘導,細胞周期のチェックポイントとして作用する。TP53によって制御されている標的遺伝子は少なくとも200 ~ 300存在すると言われており,多数の機能を発揮する。
※3 ALK融合遺伝子陽性肺がん
染色体のALK遺伝子がEML4などの他の遺伝子と融合することで生じる肺がんで,日本人の約4%を占める。融合遺伝子となった蛋白質からのシグナルにより生存・増殖しており,これを抑制する分子標的薬であるALKチロシンキナーゼ阻害薬がよく効く。
※4 プロテアソーム阻害薬
細胞内で不要になったタンパク質を分解するプロテアソームを阻害する薬剤であり,特定のタンパク質を蓄積させることでがん細胞のアポトーシスを誘導する。
※5 アレクチニブ
商品名はアレセンサ。第一世代ALKチロシンキナーゼ阻害薬であるクリゾチニブに耐性となるALK二次変異に対しても効果を発揮する第二世代ALKチロシンキナーゼ阻害薬として開発された。進行期ALK融合遺伝子陽性肺がんの初回治療として用いてもクリゾチニブよりも有効である上,副作用が少ないことが臨床試験で示されており,現在ALK融合遺伝子陽性肺がんの一次治療として標準とされている。
※6 Noxa(ノキサ)
アポトーシス促進性タンパクの1つで,TP53遺伝子からの転写に依存しない。
※7 Mcl-1 (エムシーエル1)
抗アポトーシスタンパクの1つであり,アポトーシス促進性タンパクと結合することで機能が低下する。

掲載論文情報

論文タイトル
Proteasome inhibition overcomes ALK-TKI resistance in ALK-rearranged/TP53 mutant NSCLC via Noxa expression (TP53変異を共発現するALK融合遺伝子陽性肺がんにおけるALK阻害薬耐性をプロテアソーム阻害薬がNoxaの発現上昇を介して克服する)
著者
Azusa Tanimoto, Shingo Matsumoto, Shinji Takeuchi, Sachiko Arai, Koji Fukuda, Akihiro Nishiyama, Kiyotaka Yoh, Takaya Ikeda, Naoki Furuya, Kazumi Nishino, Yuichiro Ohe, Koichi Goto and Seiji Yano (谷本 梓,松本 慎吾,竹内 伸司,新井 祥子,福田 康二,西山 明宏,葉 清隆,池田 喬哉,古屋 直樹,西野 和美,大江 裕一郎,後藤 功一,矢野 聖二)
掲載誌
Clinical Cancer Reasearch
掲載日
2020.12.11
DOI
10.1158/1078-0432.CCR-20-2853
URL
https://clincancerres.aacrjournals.org/content/early/2020/12/11/1078-0432.CCR-20-2853

Funder

本研究は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業「RET肺がんに対するアレクチニブの医師主導治験と耐性機構」(研究代表者 矢野聖二),日本学術振興会 科学研究費助成事業などの支援を受けて実施されました。

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