福間 剛士

ナノ生命科学研究所における革新的な産学共同研究

福間 剛士、金沢大学ナノ生命科学研究所 所長

福間剛士教授が所長を務めるナノ生命科学研究所(NanoLSI)は、金沢大学が文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択されたことを受け、2017年10月に設立された。

「NanoLSI設立から約1年が経過しました。現在、生命現象の仕組みをナノスケールで解き明かす、という最終目標を達成するため、その基盤づくりをしているところです」と、福間所長は語る。

「NanoLSIから研究成果が出始めています。そのひとつは、生越友樹教授と淺川雅准教授の融合研究に基づく、柱型環状分子ピラー[n]アレーンの自己選別に関する論文です」。これは2018年12月に『Communications Chemistry』 というジャーナルに発表されたもので、NanoLSIで進めている融合研究から生まれた最初の成果と言えるものだ。

「言うまでもなく、こうした基礎的な研究はNanoLSIの中核をなすものです。しかし一方で、私たちは産業界のパートナーとの共同研究も拡大していきたいと考えています」。産学が連携する共同研究については、これまでにも多くの実績を積んできた。「NanoLSIからさらに多くの研究成果が発表されるにつれ、こうした産学連携がますます増えていくことを期待しています」。

福間所長は、長年にわたり産業界と協同し、金沢大学で開発された最先端の原子間力顕微鏡(AFM)技術を用いて様々な課題解決にあたってきた。対象とするのは、金属の腐食や、屋外や海中の構造物などに有機物質や微生物が付着する、いわゆる「生物付着」など、ナノレベルでどのような現象が起きているのかが不明で、決定的な防止方法が見いだせていない課題だ。例えば、生物付着については、建造物の塗装材料製造を専門とするオーストラリアの企業と協力してきた。この会社は、塗料に使用した材料が、ある種のバクテリアやタンパク質が壁面に付着するのを防ぐことに着目し、その原因を解明するために、オーストラリアの大学の研究者と共同研究を始めた。しかしその研究では、ナノレベルでの界面構造を理解することができなかったという。そこで、金沢大学のAFM技術を用いて研究をするために、福間教授らと共同プロジェクトを立ち上げたいと依頼してきた。「短期間でしたが、オーストラリアの大学から学生がひとり来日し、金沢大学に滞在して実験を行いました。このプロジェクトでは、様々な材料の生物付着の属性について深い洞察が得られ、とても生産的な共同研究となったと思います」 [Paul J. Molino et al., ACS Nano 2018] 。また他にも、福間教授のグループは多くの日本企業とも共同研究を行っており、金属腐食に関するプロジェクトでは、オープンループ電位顕微鏡(Open-Loop Electric Potential Microscopy)システムの開発につながったということだ [Kyoko Honbo et al., ACS Nano 2016]。

産学協同研究のハイライト

防汚技術:3次元周波数変調原子間力顕微鏡(3D-FM-AFM)で有害なタンパク質、バクテリア、菌類に対するシリコンナノ粒子の耐汚損性をつかさどるメカニズムを解明する

焦げ付かないフライパンなどは、有機物質が表面に付着するのを防ぐ技術の一例だ。社会を広く見渡すならば、台所用品や手術器具、あるいは医療現場の環境、船体の外板などに、バクテリアやその他のいわゆる「汚損生物」が付着するのを防ぐ技術の開発は、見過ごされがちだが、社会的意義の大きい、極めて重要な研究分野である。例えば、病院での院内感染は死につながることがあり得る。また、船体に付着するヘドロや藻類は、船と水の間により大きな摩擦を起こし、燃料費の増大や大気中への汚染ガス排出の増加につながる。これらの例は、汚損防止技術に関する研究が、世界規模で社会の利益につながることをはっきり示していると言えよう。

現在、防汚塗料として重金属を含んだ毒性化合物が広く使われているが、環境への影響を懸念する声があるほか、使用する重金属への耐性を持つ有機体の出現といった問題も生じている。これらの問題をクリアーし、環境にやさしい防汚材料を作る革新的な方法について、さらなる研究が必要となっているのだ。この研究の大きなハードルの一つは、水和層など、ある材料の防汚性能をつかさどる基本的メカニズムの理解が欠如している点だ。例えば、親水性のある材料であっても必ずしも防汚作用を示さないが、その機構は不明だ。

そこで、福間教授らNanoLSIのグループは、オーストラリアの研究者たちと、次世代の防汚材料として期待されるグリシドキシプロピルトリメトキシシランの機能を持たせたシリコンナノ粒子(SiNPs)が防汚作用を示す原因について、共同研究を行った。

具体的には、3次元周波数変調原子間力顕微鏡(3D-FM-AFM)を用いて、SiNPsを包む界面水の3次元構造を、単一のSiNP上で観察し、ナノスケールの範囲で働いている力を測定した。

「私たちが開発した3D-FM-AFM技術は、マイカ(白雲母)などの表面の水和層を検出することができます。さらに、表面からわずか2 nmにある層のイオンとエネルギーの3次元分布を計測することもできます。今回の研究では、AFMのカンチレバーを、塩化ナトリウム水溶液中のSiNP層上部にセットし、4 nm x 4 nm x 2 nm の範囲で3次元画像を撮影しました」。

福間教授らは、この研究で、SiNP表面上の親水性エポキシオルガノシラン基と水分子の相互作用が、SiNPに防汚性を与える「準安定の」(不安定な)層を生み出すことを発見した。「この成果によって、他の防汚材料の開発に、確かな科学的根拠を与えられるのではないかと期待しています」。

参考文献

Hydration Layer Structure of Biofouling-Resistant Nanoparticles, Paul J. Molino†‡# , Dan Yang†‡#, Matthew Penna†§#, Keisuke Miyazawa∥, Brianna R. Knowles†⊥ , Shane MacLaughlin†⊥, Takeshi Fukuma∥∞ , Irene Yarovsky*†§ , and Michael J. Higgins*†‡, ACS Nano 2018, 12, 11, 11610-11624.

DOI: 10.1021/acsnano.8b06856

Affiliations

 ARC Industrial Transformation Research Hub for Australian Steel Manufacturing, Wollongong, NSW 2522, Australia
 ARC Centre for Electromaterials Science (ACES), Intelligent Polymer Research Institute/AIIM Faculty, Innovation Campus, Squires Way, University of Wollongong, Wollongong, NSW 2522, Australia
§ School of Engineering, RMIT University, Melbourne, Victoria 3001, Australia
 Division of Electronic Engineering and Computer Science and Nano Life Science Institute (WPI-NanoLSI), Kanazawa University, Kakuma-machi, Kanazawa 920-1192, Japan
 BlueScope Innovation Laboratories, Old Port Road, Port Kembla, NSW 2505, Australia

論文で報告された主な研究結果に関する図

腐食科学: オープンループ電位顕微鏡で銅やステンレス表面の腐食電池の分布を直接観察する

金属の腐食は、産業界にとって大きな経済的課題だ。化学工場や原子力発電所の建設に使われるステンレス鋼の腐食は、その顕著な例と言えるだろう。他にも、これはあまり知られていないが、ステンレス鋼と同様に重要な金属として、半導体デバイスの微細配線に使われる銅がある。また、自動車やロボットに広く使われるアルミや軽量合金もある。いずれの場合も、腐食による経済的損失は非常に大きい。

電気化学測定に基づいたこれまでの研究では、金属の腐食は、金属表面のアノード領域とカソード領域から成る「局部電池」の形成につながることが示されている。また、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡を用いた研究では、腐食前後の金属の組成や構造の変化が観察されてきた。しかし、局部電池形成のin-situ解析や画像撮影については、これまで成功していない。

そこで、福間教授らのグループは、荏原製作所及び日立製作所と共同し、腐食電池のナノスケール画像撮影のため、「オープンループ電位顕微鏡(OL-EPM)」を開発した。この手法では、AFMのカンチレバーと試料の間に、高い周波数を持つ交流(AC)電圧を与えて測定を行う。カンチレバーに伝わる振動の振幅を検出することで、金属表面の電位を求めるのだ。

「今回、OL-EPMを使って、銅線表面の局所腐食電池の2次元分布と、塩化ナトリウム電解液中で鋭敏化した2相ステンレス鋼の腐食挙動を、直接可視化することに成功しました」。

この研究では、以下の2点が明らかとなった。銅の場合、局所腐食電池は、まず異なる結晶方位を持つ結晶粒の間に形成され、その後、銅線の中心と両端において形成されることが観察された。また、鋭敏化した2相ステンレス鋼については、表面構造が全く変化しないにも関わらず、局所腐食電池が存在することが、OL-EPMによって得られた観測画像によって示された。

「OL-EPMは、金属の腐食反応だけではなく、電池電極反応や触媒反応などの酸化還元反応といった、ナノスケールでの電気化学反応の分析に役立つものと期待しています」。

参考文献

Visualizing Nanoscale Distribution of Corrosion Cells by Open-Loop Electric Potential Microscopy, Kyoko Honbo†‡, Shoichiro Ogata†, Takuya Kitagawa†, Takahiro Okamoto†, Naritaka Kobayashi†, Itto Sugimoto‡, Shohei Shima¶, Akira Fukunaga¶, Chikako Takatoh¶, and Takeshi Fukuma†§, ACS Nano 2016, 10, 2, 2575-2583.

DOI: 10.1021/acsnano.5b07552

Affiliations

† Division of Electrical Engineering and Computer Science, Kanazawa University, Kakuma-machi, 920-1192 Kanazawa, Japan
‡ Research and Development Group, Center for Technology Innovation – Materials, Hitachi, Ltd., 319-1292 Hitachi, Japan
¶ EBARA Corporation, 144-8510 Tokyo, Japan
§ ACT-C, Japan Science and Technology Agency, Honcho 4-1-9, 332-0012 Kawaguchi, Japan

OL-EPMによる局所腐食電池の可視化と腐食反応の様子

電荷蓄積イメージング: 3次元オープンループ電位顕微鏡で金属—電解質界面の電荷蓄積を直接観察する

電極・電解液界面で形成される電気2重層(EDL)についてナノスケールで理解することは、電気2重層キャパシタ(コンデンサ)やスピントロニックデバイスなどの電子デバイスの開発に役立つだけではなく、腐食の機構や付着のメカニズムを理解するためにも重要だ。

そこで、福間教授と荏原製作所は、前出のオープンループ電位顕微鏡(OL-EPM)を用いて、電解液中の銅箔、プラチナ箔、金箔上部の電気2重層に蓄積された電荷の3次元イメージングを行った。

その成果について、「分極性電極や非分極性電極など、様々な電界をもつゼータ電位プロファイルの逆蓄積挙動を可視化することができました。また、銅線・電解質界面における電荷蓄積について、そのナノスケール分布を可視化することに成功しました」。福間教授はそう語った。

「この研究は、電子工学や化学の分野において、電荷が蓄積するメカニズムを解析する、新たな手法を示すものとして、期待されています」。

参考文献

Visualizing charges accumulated in an electric double layer by three-dimensional open-loop electric potential microscopy, Kaito Hirata,a Takuya Kitagawa,a Keisuke Miyazawa,a Takahiro Okamoto,a Akira Fukunaga,b Chikako Takatohb and Takeshi Fukumaac, Nanoscale, 2018,10, 14736-14746.

DOI: 10.1039/C8NR03600D

Affiliations

aDivision of Electrical Engineering and Computer Science, Kanazawa University, Kakuma-machi, 920-1192 Kanazawa, Japan
bEBARA Corporation, 144-8510 Tokyo, Japan
cNano Life Science Institute (WPI-NanoLSI), Kanazawa University, Kakuma-machi, 920-1192 Kanazawa, Japan

計測の設定と結果の一例