高速原子間力顕微鏡: ミオシン分子動態のその場観察・リアルタイム動画撮影の実現
細胞内で物質の「運び屋」として働くミオシンVの分子動態を明らかにした高速AFMイメージング
金沢大学の高速原子間力顕微鏡(高速AFM)は、画像取得レートが30ms/frame、力検出感度が~30pN、そして空間分解能が1nmという世界最高性能を誇る。
古寺教授は、高速AFMの開発にあたり中心的な役割を果たした一人で、AFMイメージングにおける功績により第14回(平成29年度)日本学術振興会賞を受賞した [1]。「私の専門は、金沢大学の安藤敏夫教授により開発された高速AFMシステムの高性能化・高機能化と、その高速AFMシステムを使って生体試料の動きを可視化することです」と古寺教授は語る。「私は、学部学生の時から安藤教授とともに研究してきました。ミオシン分子の動きを可視化する研究は、困難を伴うものでした。長い間、根気強く研究を続けた結果、2010年に動画の撮影に成功し、その成果は『Nature』に発表されました」。その動画には、2本足のミオシンVがアクチン線維に沿って歩行運動する様子が極めて鮮明に映っていた。[1]。
金沢大学の高速AFMはタッピングモード方式で、現在は市販されており、生体試料を計測するために世界中で利用されている。特筆すべきは、特別なフィードバック操作によって、カンチレバー探針と試料表面の間に働く相互作用力を広帯域で一定に維持できることだ。さらに、カンチレバーは7マイクロメーターと短く、かつ低いバネ定数を持っている(従来のAFMは約200マイクロメーターのカンチレバーを使用)。そのため、従来型のAFMより、はるかに速く、とても優しく試料走査が可能となる(図1)。
「高速AFMは、機能中の生体分子のリアルタイムイメージングを、ナノメートル、サブセカンドという時空間解像度で行えます。私たちの研究室のウェブサイトでこれまでの動画が見られますよ」と古寺教授は語る。「金沢大学の高速AFMは、生体分子の動的な振舞いを研究するには世界一の性能を誇ります。私たちは、ミオシンVがアクチン線維に沿って歩く動画のほかに、抗原-抗体の相互作用や、コフィリン(アクチン線維を脱重合させるタンパク質)がアクチン線維上に方向性を持って結合する様子を直接可視化しました。最近の成果としては、柴田幹大准教授が、CRISPR-Cas9がゲノム編集するときの振舞いを直接可視化しました [2]」。
さらに、古寺教授らは、「天然変性タンパク質」の細くて柔軟な形状を高速AFMによって可視化できることを証明した。「これは、高速AFMがフラフラと動く1本のポリペプチド鎖でも直接的に可視化できるということです。これらの直接観察によって、機能するタンパク質の動的な振舞いが視覚化され、それをもとにタンパク質が機能するメカニズムを理解することが可能となります」と、古寺教授は説明する。
研究ハイライト
古寺教授は、ミオシンV分子がアクチン線維にそって歩く様子を初めて直接的に可視化したことを発表し、高速AFMを世界的に有名にした。この論文では、レバーアームを振る動きや、足踏み運動、コイルドコイル尾部がほどける現象など、ミオシンV分子の動態を直接映像で示し、「機能中の生体分子」の高速AFMイメージングを基盤とした新たな学際研究分野を切り拓いた。
参考文献
- N. Kodera, D. Yamamoto, R. Ishikawa & T. Ando, “Video imaging of walking myosin V by high-speed atomic force microscopy”, Nature 468, 72–76, (2010).
doi:10.1038/nature09450
- M. Shibata, H. Nishimasu, N. Kodera, S. Hirano, T. Ando, T. Uchihashi & O. Nureki, “Real-space and real-time dynamics of CRISPR-Cas9 visualized by high-speed atomic force microscopy”, Nature Communications 8, 1430, (2017).
doi:10.1038/s41467-017-01466-8