安藤 敏夫

高速原子間力顕微鏡(高速AFM):動くタンパク質分子を直接可視化

独創的な高速AFMの開発により、液中にあるタンパク質分子の構造と動態を直接可視化する夢が実現

安藤 敏夫、金沢大学ナノ生命科学研究所 特任教授・主任研究者

生物物理学者である安藤敏夫教授は、タンパク質の働く仕組みを知りたいという好奇心から、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を開発した。「私は、学部学生時代からずっとタンパク質に興味がありました。タンパク質はほぼすべての生命現象を担う基本的な物質だからです」と安藤教授は語る。「筋収縮や細胞分裂など、ほとんどの生物学的プロセスはタンパク質の働きによります。だからこそ、タンパク質の動態を直接観察する方法を見つけたいと考えたのです。この好奇心が最終的には高速AFMの発明につながりました。この技術は現在、世界中の研究室で活用されています」。

タンパク質の研究にはこれまで、X線結晶構造解析、電子顕微鏡、NMRなどの構造解析法が主に用いられてきた。また、生体分子を蛍光プローブで標識し、その動きを蛍光顕微鏡で観察する方法もある。ただし、これらの手法にはそれぞれ限界がある。構造解析法は生体分子の詳細な構造を解明するのは得意だが、得られるのは静止画に限られる。一方、蛍光顕微鏡は、蛍光プローブの動きを見ることはできるが、実際のタンパク質分子そのものを見ることはできない。つまりこれらの技術では、生体分子の構造と動きを同時に直接観察することはできないのだ。

安藤教授はこうした従来技術の限界を突破しようと1993年にAFM装置の高速化に着手。2008年、ついに高速AFMを完成させた[1]。この発明の重要さを反映して、現在、高速AFMは様々な生物学的プロセスを可視化するために活用されている(図1)。例えば、モータータンパク質であるミオシンVがアクチンフィラメント上を動く姿を捉えた映像は圧巻である[2](下にある2番目の動画)。

高速AFMは、精製されたタンパク質分子の動態を可視化できる。これは極めて優れた技術だが、限界もある。真核細胞の膜のように極めて柔らかい観察対象では、AFMの探針が接触すると大きく変形し、その結果、ぼやけた低解像度の画像しか得られない。安藤教授らはこの問題を解決し、非侵襲、且つ、高速・高解像で生体分子を観察可能な高速走査型イオン伝導顕微鏡(高速SICM)の開発を現在進めている。

Fig.1

図1:高速AFMで撮影された活動中のタンパク質分子の姿

バクテリオロドプシン

ミオシンV

回転ナノモーターF1-ATPase

分子シャペロンClpB

実用的な高速SICMを実現するには、先端孔径が1-2nm で壁厚が1nm未満のSICMプローブの開発が必要となる。図2は、ナノピペットの先端に張った脂質二重層を利用したカーボンナノチューブ(CNT)ピペットだ。「私たちはナノピペットに張った脂質二重層にCNTを挿入し、CNT中を流れるイオン電流を観察することに成功しました」と安藤教授は語る。「これは長期的目標の達成に有望です。現在、CNTナノピペットプローブを用いた高速SICMシステムも開発中です」。

図2

図2:カーボンナノチューブ(CNT)ピペット

2008年、安藤教授は、液中の生体試料を可視化できる世界最速の高速AFMを開発した。そして今、その関心は、生命科学分野の新たな領域を開く可能性を秘める高解像高速SICMの開発に向いている。

研究ハイライト

安藤教授は、その輝かしい経歴を通じ、世界的に高く評価されているインパクトの高い論文をいくつも発表してきた。2001年の高速AFMに関する最初の論文[3](これまでの引用回数は600以上)では、従来のAFMシステムの限界が示され、また、液中環境で観察可能な高速AFMをいかに設計・構築したかに関し、極めて示唆に富む内容がまとめられている。

高速AFMの応用に関する影響の大きな論文は、2010年『Nature』の、ミオシンVの動態[2]、光で活性化したバクテリオロドプシンの振る舞い[4]、セルロース表面上のセルラーゼの加水分解効率と並進運動[5]、回転子のないATP分解酵素F1の化学・構造状態の回転伝搬[6]、ATP分解反応中の分子シャペロンClpBの動的構造変化[7]、その他(図1参照)など、多数に上る。

参考文献

  1. Ando et al., “High-speed atomic force microscopy for nano-visualization of dynamic biomolecular processes,” Prog. Surf. Sci. 83, 337–437, (2008). DOI: 10.1016/j.progsurf.2008.09.001
  2. Kodera, D. Yamamoto, R. Ishikawa, and T. Ando, “Video imaging of walking myosin V by high-speed atomic force microscopy”, Nature 468, 72–76 (2010). DOI: 10.1038/nature09450
  3. Ando, N. Kodera, D. Maruyama,  E. Takai, K. Saito, and A. Toda, “A High-speed atomic force microscope for studying biological macromolecules, Proc. Natl. Acad. Sci. USA98, 12468–12472 (2001). DOI: 10.1073/pnas.211400898
  4. Shibata, H. Yamashita, T. Uchihashi, H. Kandori, and T. Ando, “High-speed atomic force microscopy shows dynamic molecular processes in photo-activated bacteriorhodopsin”, Nat. Nanotechnol. 5, 208–212 (2010). DOI: 10.1038/nnano.2010.7
  5. Igarashi, T. Uchihashi, A. Koivula, M. Wada, S. Kimura, T. Okamoto, M. Penttilä, T. Ando, and M. Samejima, “Traffic jams reduce hydrolytic efficiency of cellulase on cellulose surface”, Science 333, 1279–1282 (2011). DOI 10.1126/science.1208386
  6. Uchihashi, R. Iino, T. Ando, and H. Noji, “High-speed atomic force microscopy reveals rotary catalysis of rotorless F1-ATPase, Science 333, 755–758 (2011). DOI: 10.1126/science.1205510
  7. Uchihashi, Y. Watanabe, T. Yamasaki, H. Watanabe, T. Maruno, K. Ishii, S. Uchiyama, C. Song, K. Murata, R. Iino, and T. Ando, “Dynamic structural states of ClpB involved in its disaggregation function”, Nat. Commun. 9, 2147 (12 pp) (2018). DOI: 10.1038/s41467-018-04587-w

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