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掲載日:2019.09.02 Research Highlights

入るのが先か,変形が先か? ゲスト認識と化学反応が同時に起こるときのメカニズムの切り替えに初めて成功!

  •  化学反応とほぼ同時に金属イオンを捕まえる(認識する)ホスト分子において,認識と反応のどちらが先に起こるかを切り替えることに初めて成功。
  • 独自に開発したコバルト原子を含む環状の化合物「コバルト二核メタロホスト」を用いて,ホストが起こす化学反応とゲスト認識の順番を切り替えることができた。
  • 本研究成果は,有害物質の除去や,望みの場所に薬剤を送達する技術の開発のための重要な指針となるとともに,特定の物質を検知して動き出す分子機械の部品としての活用も期待される。

概要

金沢大学ナノ生命科学研究所の秋根茂久教授,同理工研究域物質化学系の酒田陽子准教授らは,化学反応とほぼ同時に金属イオンを捕まえる(認識する)ホスト分子において,認識と反応のどちらが先に起こるかを切り替えることに初めて成功しました。

特定の分子やイオンを捕まえることができる分子はホストと呼ばれ,捕まえられる分子やイオンはゲストと呼ばれます。対象とするゲストの形を識別して捕まえるので,この現象は分子認識あるいはイオン認識として知られています。風呂敷で物品を包むとき,その形状に合わせて形が変わるのと同じように,ゲストを捕まえるときにホストの構造はゲストに合わせて変化します。他方,折り畳み式段ボールの場合は広げた後でないと物品を入れられないように,ホストにも,風呂敷タイプと段ボールタイプの両方があるはずです。しかし,ホストが変形するのはゲストを捕まえる前なのか後なのか,ということについてはこれまでにほとんど明らかにされてきませんでした。

今回,本研究グループは,独自に開発したコバルト原子を含む環状の化合物「コバルト二核メタロホスト」を用いて,ホストが起こす化学反応とゲスト認識の順番を切り替えることに初めて成功しました。ゲストがナトリウムイオンの場合は,認識が起こった後でコバルト上での反応が起こるのに対し,ゲストがカリウムイオンやルビジウムイオンの場合には,反応の後でゲスト認識が起こることが分かりました。捕捉が先か,変形が先かをゲストの種類によって切り替えられたことになります。
本研究成果は,有害物質の除去や,望みの場所に薬剤を送達する技術の開発のための重要な指針となるとともに,特定の物質を検知して動き出す分子機械の部品としての活用も期待されます。

本研究成果は,2019年9月2日(米国東部標準時間)にアメリカ化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に掲載されました。また,2019年10月2日発行の本誌の表紙(Supplementary Cover)に採用されています。

研究の背景

特定の分子やイオンを捕まえることができる分子はホストと呼ばれ,捕まえられる分子やイオンはゲストと呼ばれます。対象とするゲストの形を識別して捕まえるので,この現象は分子認識あるいはイオン認識として知られています。

物品を風呂敷で包むときの風呂敷の形が物品に合わせて変わるのと同じように,実は多くの場合,ホストはゲストを捕まえる際にゲストに合わせて構造を変化させることが知られています。これは「誘導適合(induced fit)」と呼ばれる現象であり,酵素が基質を捕まえる際にみられるのが代表的な例です。近年になって,逆の順番,すなわち酵素が構造変化した後で基質を捕まえる例「配座選択(conformational selection)」があることも明らかにされてきています(図1)。人工のホスト分子でも,このような「配座選択」の機構で起こっている例があると想像できますが,ゲストの認識と構造変化はごく短い時間で起こることから区別は難しく,ほとんどすべての例で無条件に「誘導適合」とみなして議論されてきました。

ホストが変形するのはゲストを捕まえる前なのか後なのか,という問題は一見して重要ではなさそうにも思われますが,風呂敷のように物品に合わせて変形するのではなく,折り畳み式段ボールのように,広げた後ではじめて物品を入れられるタイプのものもあります。このような順番の違いは,場合によって結果に大きな差が出てきます。ネズミ捕りの場合に,ネズミが入る前に閉じてしまうと,本来の働きをすることができません。

本研究では,反応がゲスト認識と同時に起こるホストとしてコバルトを含む環状ホスト化合物を利用し,「反応」と「認識」の順番を切り替えることに初めて成功しました。

研究成果の概要

本研究グループは,分子内に二つのコバルト原子を導入した環状ホスト化合物である「コバルト二核メタロホスト」を新たに合成しました。この分子の二つのコバルト上には,あとから容易に置換可能な分子であるピペリジンを四分子導入しています。また,この分子には,六つの酸素原子によって囲まれた空孔(認識場)があります。この空孔は,ナトリウムイオンやカリウムイオンなどを認識できるクラウンエーテルによく似た形をしているため,同様の性質を示すと予想されます(図2)。

実際に,このコバルト二核メタロホストにナトリウムイオンを加えて3時間経過した溶液を分析したところ,確かに予想通りこの空孔内にナトリウムイオンが取り込まれましたが,コバルト上の四つのピペリジンのうち二つが溶媒のメタノールに置き換わっていました。つまり,ナトリウムイオンを加えたことにより,認識と反応の両方が起こったことになります。

このときのピペリジンがメタノールに置き換わる反応は,酵素の構造変化が瞬時に起こるのと違い,数十分~数時間のタイムスケールで起こるため,途中の変化をスペクトル分析により追跡することで,そのメカニズムを明らかにすることができます。その結果,途中に生成している化合物は,ピペリジンの一つがメタノールに置き換わって(反応),空孔内にナトリウムイオンが取り込まれた(認識)ものであることが明らかとなりました。しかし,この結果からだけでは,反応と認識のどちらが先に起こっているかは依然として分かりません。しかしながら,加えるナトリウムイオンの濃度を増大させたときに反応が著しく加速されることが分かったことから,「認識」が先に起こり,そのあとで「反応」が起こっているという結論が出ました。

興味深いことに,ナトリウムイオンの代わりにイオン半径のより大きなカリウムイオンやルビジウムイオンを加えたところ,反応の加速はわずかしか見られませんでした。このことから,これらのイオンの場合には,コバルト二核メタロホストのピペリジンの一つがメタノールに置き換わる「反応」がまず起こり,その結果生じる分子がこれらのイオンを「認識」していると推測されます。このように,金属イオンの種類を変えることで,「認識」が先か,「反応」が先かを切り替えられることを見いだしました(図3)。

今後の展開

本研究成果は,有害物質の除去や,望みの場所に薬剤を送達する技術の開発ための重要な指針となるとともに,特定の物質を検知して動き出す分子機械の部品としての活用も期待されます。

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(A),基盤研究(B),新学術領域研究「配位アシンメトリ」),日本学術振興会「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」,金沢大学超然プロジェクト,金沢大学ナノ生命科学研究所,北陸銀行若手研究者助成金,公益財団法人京都技術科学センター研究開発助成の支援を受けて実施されました。

図1. ホスト分子によるゲスト認識の際の二つのパターンのイメージ図

図2. 本研究で開発したコバルト二核メタロホスト
二つのコバルト(Co)上に,ピペリジン(pip)を持つ。

図3. コバルト二核メタロホストのナトリウムイオンの取り込み挙動(右上)と,カリウムイオンおよびルビジウムイオンの取り込み挙動(左下)

『Journal of the American Chemical Society』Supplementary Cover

掲載論文情報

論文タイトル
Switching of Recognition First and Reaction First Mechanisms in Host–Guest Binding Associated with Chemical Reactions
(化学反応を伴うホスト・ゲスト錯形成における「認識-反応」機構と「反応-認識」機構のスイッチング)
著者
Yoko Sakata, Munehiro Tamiya, Masahiro Okada and Shigehisa Akine
(酒田 陽子,多宮 宗弘,岡田 征大,秋根 茂久)
掲載誌
Journal of the American Chemical Society
掲載日
2019.09.02
DOI
10.1021/jacs.9b06926
URL
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.9b06926

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