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掲載日:2023.08.18 Research Highlights

サファイア(001)とα-クォーツ(100)の表面構造 および水和構造を原子スケールで可視化!

金沢大学理工研究域フロンティア工学系/ナノ生命科学研究所の宮澤佳甫助教,福間剛士教授と,AGC株式会社の永井生氏,浦田新吾氏,菅健斗氏,林泰夫特別研究員の共同研究グループは,金沢大学が開発した3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)(※1,2)を用いてサファイア(001)とαクォーツ(100)の酸化物結晶の表面構造と水和構造(※3)を原子スケールで可視化することに成功しました

サファイアやクォーツなどの酸化物結晶の表面構造や水和構造は,物質の吸着や摩擦,生体材料の親和性,エッチングレートなどのさまざまな物理現象に直接影響を与えます。そのため,新たな機能を持つ材料を設計するためには,これらの現象を原子スケールで観察できる手法が求められていました。本研究では,3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)を用いることで,酸化物結晶表面の官能基である水酸基(OH基)の配置と,その表面上の水和構造を原子スケールで可視化することに成功しました。また,これらの酸化物結晶表面では,結晶表面のOH基の配置や分子配向に強く依存して,複雑な3次元水和構造を形成することを明らかにしました。

本研究で提案した手法は,酸化物結晶の計測に限らず,OH基を有する非晶質ガラスなどの材料表面の原子スケール観察にも直接応用可能です。そのため,我々の身の回りで用いられている酸化物結晶やガラス材料の開発研究にも広く応用され,将来的にガラスを用いるさまざまな電子デバイスや生体材料の研究の発展に貢献することが期待されます。

本研究成果は,2023年7月19日に英国王立化学会の国際学術誌『Nanoscale』に掲載されました。 

研究の背景

サファイアやクォーツなどの酸化物結晶の表面構造や水和構造は,物質の吸着や摩擦,生体材料の親和性,エッチングレートなどのさまざまな物理現象に直接影響を与えます。そのため,新たな機能を持つ材料を設計するためにはこれらの現象を原子スケールで観察できる手法が求められていましたが,これまでは,酸化物結晶の表面構造や水和構造を原子スケールで直接可視化する計測手法がありませんでした。一方で,近年,3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)による固体と液体の界面における原子スケールの水和構造観察が行われるようになってきましたが,その報告例のほとんどが,マイカやカルサイト,カルシウムフロライトなどのへき開(※4)が可能な結晶に限られていました。これらのへき開性の結晶は,AFM計測直前に原子レベルで清浄かつ平坦な表面を簡単に得ることができるため原子スケールの液中AFM計測が比較的容易でしたが,サファイアやクォーツなどのへき開が不可能な酸化物結晶表面の原子スケール構造観察は困難でした。

研究成果の概要

本研究グループの金沢大学宮澤佳甫助教やAGC株式会社の永井生氏らは,へき開性の酸化物結晶ではないサファイア(001)とα-クォーツ(100)において原子レベルで平坦な表面を得るための表面処理方法を確立し,同大学福間剛士教授らが開発した3D-AFMを用いることで酸化物結晶の表面構造と水和構造を原子スケールで可視化することに成功しました。サファイア(001)とα-クォーツ(100)の表面には官能基である水酸基(OH基)が周期的に並んでいますが(図1),3D-AFMを用いることで,これらのOH基の周期的な配置を可視化した上で(図2),2つの基板上で層状または格子状の異なる水和構造が存在することを明らかにしました(図3)。さらに,サファイア(001)表面では部分的に分子配向が乱れたOH基が存在し,その上の水和構造も原子スケールで局所的に乱れていることを可視化しました(図3)。また,3D-AFMで取得した3次元力分布像の解析から,サファイア(001)とα-クォーツ(100)表面上における水和力(水分子が結晶表面に吸着する力)についても議論を行い,サファイア(001)の方がα-クォーツ(100)よりも水分子への親和性が高いことが分かりました。

今後の展開

本研究により,へき開が困難な酸化物結晶の原子スケールの表面構造や水和構造を3D-AFMで直接可視化できることが示されました。本手法は,酸化物結晶の計測に限らず,OH基を有する非晶質ガラスなどの材料表面の原子スケール観察にも直接応用可能です。そのため,我々の身の回りで用いられている酸化物結晶やガラス材料の開発研究におけるナノスケール構造計測にも広く応用され,ガラスを用いるさまざまな電子デバイスや生体材料の研究の発展に貢献することが期待されます。

 

 

図1:(a, b)サファイア(001)面と(c, d) α-クォーツ(100)表面の結晶構造。(a, c)上面図と(b, d)側面図。どちらの結晶表面にも官能基である水酸基(OH基)が周期的に並んでいる。

 

 

図2:3D-AFMを用いて取得した(a)サファイア(001)面と(d) α-クォーツ(100)表面の水和構造の3次元画像(3次元周波数シフト分布像)。サファイア表面では表面近傍に層状の水和構造が観察された一方で,クォーツ表面では格子状に広がる局所的な水和構造が観察された。(b, e) 3次元周波数シフト分布像から計算した平均周波数シフトカーブと,(c, f)MDシミュレーションで取得した3次元水分子密度分布像から計算した平均水分子密度曲線。サファイアとクォーツのどちらの表面上でも,数層分(実験:L1~L3,シミュレーション:L1’~L4’)の水和層の存在が確認できる。

 

 

図3:3D-AFM像から取得した(a)サファイア(001)面と(e) α-クォーツ(100)表面の結晶構造を示すXY断面図。どちらの表面上でもOH基の原子スケールの周期構造が可視化されているが,(a)のサファイアは六角形状の周期構造が一部乱れた領域も存在することが分かる。(b, f)3D-AFM像から(a, e)の点線上(OH基の周期配列上)で取得したXZ断面図。(b)サファイア上では複数の層状の水和構造が観察された一方,(f)クォーツ上では格子状の局所的な水和構造が観察された。(c, g)3D-AFMと(d, h)MDシミュレーションで取得した3次元像から取得した第1水和層のXY断面図。どちらも,第1水和層の水平方向の局所分布を示している。(g, h)クォーツ上では水平方向に原子スケールで周期的な第1水和層を示したが,(c, d)サファイア上では周期的な水和構造(矢印部分)と乱れた非周期的な水和構造がある。

用語解説

※1 原子間力顕微鏡(AFM)
AFMは,探針と呼ばれる尖った針を持つカンチレバー(片持ち梁)を力検出器として用い,探針が受ける相互作用力を一定にするように探針を試料表面上で走査することで試料表面の形状像を取得する手法である。相互作用力の検出方法には幾つかの種類があり,本研究で用いた周波数変調AFM(FM-AFM)では,相互作用力をカンチレバーの共振周波数の変化量(周波数シフト)で検出する。これにより,液中環境下でも原子・分子スケールの表面形状観察が可能である。
※2 3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)
汎用的なAFMは探針を試料表面上で2次元走査するが,3D-AFMは探針を試料表面上で3次元的に走査し,探針が受ける相互作用力の3次元分布像を取得する。これにより,固液界面に存在する水和構造(水分子の密度分布)などの3次元構造を可視化することができる。
※3 水和構造
液中の水分子が,固体表面の原子スケールの構造や物性に依存して局所的な密度分布を形成する現象である。水和構造は,固体表面の吸着や摩擦などの物理現象の特性に直接影響を与えるため,材料分野から生物分野まで,液中で生じる現象を扱う研究分野には広く関係する現象である。水分子は,液中環境下でピコ秒の時間スケールで常に動き回っているが,時間平均すると,固液界面近傍で局所的な密度分布を形成する。3D-AFMで可視化するのは,このような水分子の時間平均された密度分布である。
※4 へき開
結晶の方位に沿って撃力を与えることで結晶を割ること。

掲載論文情報

論文タイトル
Three-dimensional ordering of water molecules reflecting hydroxyl groups on sapphire (001) and α-quartz (100) surfaces (サファイア(001)とα-クォーツ(100)表面の水酸基の影響を受けた3次元水和構造)
著者
Sho Nagai, Shingo Urata, Kent Suga, Takeshi Fukuma, Yasuo Hayashi, Keisuke Miyazawa (永井生,浦田新吾,菅健斗,福間剛士,林泰夫,宮澤佳甫)
掲載誌
Nanoscale
掲載日
2023.07.19
DOI
10.1039/d3nr02498a
URL
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2023/NR/D3NR02498A

Funder

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(若手研究(課題番号:22K14603)),科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ACT-X(課題番号:JPMJAX20BH)),文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて実施されました。