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掲載日:2023.08.08 Research Highlights

新規技術の開発により受精卵のゲノム構造を解明

【ポイント】
①新規技術の開発により、全能性を持つ受精卵に特有のゲノム構造を同定。
②ヌクレオソームポジショニングの規則性を制御するタンパク質YY1を発見。
③不妊・流産の原因解明など生殖医療への貢献が期待される。

研究概要

山梨大学生命環境学部生命工学科の石内崇士准教授、同大医工農学総合教育部博士課程の坂本瑞季、金沢大学ナノ生命科学研究所の宮成悠介准教授、九州大学生体防御医学研究所・高等研究院の佐々木裕之特命教授・特別主幹教授らの研究グループは、新たな解析技術を開発することで、これまで不明であったマウス受精卵の詳細なゲノム構造を明らかにしました。今回の発見は将来的に不妊・流産の原因解明など、生殖医療に役立つことが期待されます。

精子と卵子の受精により形成される受精卵は個体を構成するすべての細胞の源であり、全能性を持つとされます。しかし、希少な受精卵を用いた解析技術には限りがあり、全能性の理解には多くの課題が残されています。そこで本研究グループは、受精卵のように限られた細胞からでもゲノム構造を解析することのできる技術を開発することにしました。
ゲノム(DNA)上には、ヌクレオソーム(※1)が数珠のように存在しています(図1)。このヌクレオソームは、転写因子(※2)を含む多くのタンパク質がDNAに結合することを阻害するため、DNA上のどの位置にヌクレオソームが存在するのか(これをヌクレオソームポジショニングといいます)が、ゲノム機能の制御に重要となります。ヌクレオソームポジショニングを解明するにはMNase-seq法という方法が一般に用いられてきましたが、この方法には数百万の細胞が必要でした。そこで本研究グループは、100個の細胞で解析が可能な微量MNase-seq法(※3)を開発し、マウス受精卵のヌクレオソームポジショニングを解析しました。解析の結果、受精直後の1細胞期はヌクレオソーム同士の間隔のばらつきが大きいことを見出しました。しかし、その後発生が進むにつれてヌクレオソームは一定の間隔で並ぶようになるというヌクレオソームポジショニングの動的変化を明らかにしました(図2)。さらに研究グループは解析を進め、YY1と呼ばれる因子がヌクレオソームポジショニングの規則性を制御することも明らかにしました(図3)。

本研究成果は、2023年8月3日、米国の雑誌「Genes & Development」に掲載されました。

参考図

図1 真核細胞におけるゲノムDNAの階層構造

細胞の核には、ゲノムDNAがコンパクトに収納されています。このコンパクトな収納を可能とするのがヌクレオソームであり、ヌクレオソームはヒストンタンパク質にDNAが巻きついた構造をしています。ヌクレオソームは数珠のように連なって存在し、その位置(ヌクレオソームポジショニング)は遺伝子発現調節に関わります。

 

図2 転写開始点付近のヌクレオソームポジショニング

遺伝子の発現には、DNAを鋳型としてRNAが合成される「転写」が必要です。この転写が始まる領域を転写開始点といい、転写開始点上にヌクレオソームが存在しないことで各種タンパク質が転写開始点にやってくることができるようになります。また、転写開始点付近では、ヌクレオソームが一定間隔で並ぶことが一般的に知られています。図は受精して約10時間後のマウス1細胞期胚と約50時間後の8細胞期胚のヌクレオソームポジショニングデータで、 山と谷の形状のうち、山に相当する箇所にヌクレオソームが存在します。8細胞期では転写開始点付近に複数のヌクレオソームが規則的に並ぶ様子が見られました。一方で、1細胞期では、ヌクレオソームを示す山の数は少なくなっていました。よって、受精直後の1細胞期では、ヌクレオソームが不規則に並ぶことがわかりました。

 

図3 YY1によるヌクレオソームポジショニングと発生の制御

A.YY1ノックダウン(※4)の実験概念図。マウス1細胞期胚にYy1に対するsiRNAを注入することでYY1が機能しない状況をつくりました。
B. YY1ノックダウンのヌクレオソームポジショニングへの影響を示す図。1細胞期ではYY1が結合する領域(中心と表記)付近ではヌクレオソームポジショニングの規則性が見られません。しかし、8細胞期(コントロール)へと発生すると、ヌクレオソームが規則的に並ぶ様子が見られます。一方で、YY1をノックダウンすると、8細胞期にも関わらず、1細胞期に類似したヌクレオソームポジショニングが見られました。
C. YY1ノックダウンによる発生への影響。受精後82時間では通常は胚盤胞期に到達しますが、YY1をノックダウンした受精卵は発生遅延を示しました。
D. YY1ノックダウンによる産仔への影響。YY1をノックダウンした受精卵を移植する実験を行いました。その結果、YY1ノックダウンにより産仔率が有意に低下することがわかりました。以上の結果より、受精卵のYY1はヌクレオソームポジショニングおよび正常胚発生において重要な機能を果たすことが証明されました。

用語解説

※1 ヌクレオソーム
ヒトやマウスの染色体を構成する主要なタンパク質です。ヌクレオソームはヒストン分子が8つ集まったヒストン八量体にDNAが巻きついた構造をとっています。
※2 転写因子
遺伝子の発現を調節するタンパク質です。標的DNAに結合し遺伝子の発現を上げたり下げたりします。
※3 微量MNase-seq法
ゲノムDNA全体におけるヌクレオソームの位置を同定することのできる次世代シーケンス技術です。細胞にMNaseと呼ばれる酵素を処理すると、ヌクレオソームが存在しないDNAは分解されますが、ヒストンに巻きついたDNAは分解されません。その後、分解されなかったDNA配列を解読することで、ヌクレオソームポジショニングを解析することができます。従来の方法では数百万個ほどの細胞が必要でしたが、本研究では、わずか100個の細胞で行えるような技術を開発しました。
※4 ノックダウン
特定の遺伝子の発現を抑える方法です。本研究ではsiRNAと呼ばれる短い二本鎖RNAを受精卵に注入することでYy1のmRNAを特異的に分解しました

掲載論文情報

論文タイトル
Dynamic nucleosome remodeling mediated by YY1 underlies early mouse development
著者
Mizuki Sakamoto, Shusaku Abe, Yuka Miki, Yusuke Miyanari, Hiroyuki Sasaki, Takashi Ishiuchi
掲載誌
Genes & Development
掲載日
2023.08.03
DOI
10.1101/gad.350376.122
URL
https://genesdev.cshlp.org/content/early/2023/08/02/gad.350376.122.abstract

Funder

本研究は, 科学研究費新学術領域研究「全能性プログラム」(JP19H05756), 特別推進研究(JP18H05214) の支援を受けて実施されました。