生きた細胞の内部をナノレベルで直接観察する「ナノ内視鏡AFM」の実験マニュアルを公開
金沢大学ナノ生命科学研究所の市川壮彦特任助教,福間剛士教授,スイス連邦工科大学ローザンヌ校のマルコス・ペネド研究員,産業技術総合研究所の中村史客員教授らの共同研究グループは,生きた細胞の内部において,ナノスケールの構造やその動きを直接観察できる原子間力顕微鏡(AFM)(※1)技術である「ナノ内視鏡AFM」の詳細な手順を記した実験マニュアルを公開しました。
「ナノ内視鏡AFM」は,あたかも生きた人体に細長い内視鏡カメラを挿入してその内部を観察するように,生きたままの細胞の内部に細長いニードル状のAFM探針を挿入し,その探針の先端が細胞内の構造と接触する際に受ける微弱な力を検出することで,細胞内構造を画像化する技術であり,福間剛士教授らのグループによって2021年に発表されました(M. Penedo et al. Sci. Adv. 2021)。本技術を用いることによって,従来の技術では観ることのできなかった生きた細胞内ナノスケール構造体の動きや硬さなどを直接測定することが可能になります。将来的にはこの技術を用いた研究が進められ,がんや感染症などの重篤な疾患の発生や悪性化のメカニズムを解明し,診断・治療法の改善に貢献することが期待されます。
本研究成果は,2023年7月22日14時(米国東部時間)に米国科学誌『STAR Protocols』に掲載されました。
研究の背景
近年,オルガネラ(※2),タンパク質複合体,液-液相分離構造体(※3)など,細胞内ナノスケール構造体の動態が明らかになりつつあり,これらを観察する要求が高まっています。これまで,これらの構造体の観察には電子顕微鏡もしくは蛍光顕微鏡が用いられて来ました。しかし,電子顕微鏡は,分解能は高いものの,生きた細胞を観察することはできず,一方で蛍光顕微鏡は生きた細胞内構造を観察することはできますが,たとえ超解像顕微鏡でも分解能は十分ではありません。原子間力顕微鏡(AFM)は,生きた状態の試料を高分解能で観察可能ですが,これまで細胞表面の観察のみしか行われてきておらず,細胞の内部にある構造体を観察することは不可能でした。そこで本研究グループは,直径200 ナノメートル以下の細いナノニードルプローブを用い,細胞膜外からスキャンすることによって,生きた細胞内部の構造体を高分解能で観察することに成功しました。これを「ナノ内視鏡AFM」と名付け2021年に発表しました(M. Penedo et al. Sci. Adv. 2021)。
研究成果の概要
本論文はナノ内視鏡AFMの詳細な手順を記述したもので,4つのパートから構成されています。
①細胞の準備と蛍光染色:
細胞の準備と今回ターゲットとしたアクチンの染色方法についての手順を説明します。
②ナノニードルプローブの作成方法:
ナノニードルプローブを作成する2つの方法(Focused Ion Beam(※4)を用いた掘削方法及び炭素集積による方法)の手順を説明します。
③ナノ内視鏡AFM:
ナノ内視鏡AFMの2つのモード(2次元および3次元スキャン)の手順を説明します。
④ナノ内視鏡AFMによるデータの可視化法:
ナノ内視鏡法で得られたデータを可視化する方法についての手順を説明します。
今後の展開
本論文を参考にすることによって本研究以外のグループでもナノ内視鏡AFMを行うことが可能になります。より多くのグループが使用することで,ナノ内視鏡AFMが洗練されたものとなり,細胞内構造を観察する方法として確立されることを期待しています。また,ナノ内視鏡AFMを用いてオルガネラや細胞内構造体の動態を可視化することにより,がんや感染症などによって生じる細胞内の変化が明らかになり,このことが診断や治療法の改善に繋がることが予測されます。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Protocol for live-imaging of intracellular nanoscale structures using AFM with nanoneedle probes (生きた細胞内のナノスケール構造体をAFMとナノニードルプローブで観察するプロトコル)
- 著者
- Takehiko Ichikawa,Mohammad Shahidul Alam,Marcos Penedo,Kyosuke Matsumoto,Sou Fujita,Keisuke Miyazawa,Hirotoshi Furusho,Kazuki Miyata,Chikashi Nakamura,Takeshi Fukuma (市川壮彦,モハマド・シャヒドゥル・アラム,マルコス・ペネド,松元亨介,藤田壮,宮澤佳甫,古庄公寿,宮田一輝,中村史,福間剛士)
- 掲載誌
- STAR Protocols
- 掲載日
- 2023.07.22
- DOI
- 10.1016/j.xpro.2023.102468
- URL
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666166723004355?via%3Dihub