充放電中のイオンの濃度プロファイルを形状変化とともにナノスケールで可視化 ~デバイス材料の開発・オペレーション条件の最適化に貢献~
本研究のポイント
- 蓄電材料を駆動させた状態で、溶液中の空間的なイオン濃度プロファイルを可視化。
- 充放電中のナノスケールの構造変化も同時にとらえることが可能。
- 蓄電材料に限らず、腐食や触媒材料の評価への展開が可能。
研究概要
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科/国立大学法人金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の高橋 康史 教授らの研究グループは、株式会社日立製作所の高松 大郊 主任研究員、金沢大学NanoLSIの福間 剛士 教授、NanoLSIの海外PIでインペリアル・カレッジ・ロンドン(イギリス)のユリ コルチェフ教授との共同研究で、リチウムイオン電池を駆動した際に、正極や負極の表面に生じる、イオンの濃度プロファイルの変化をナノスケールで捉える技術を開発しました。
本研究では、先端に半径50nmの開口を有するガラスナノピペット(※1)を用いて、充放電中のイオン濃度の変化を、イオン電流の変化として局所的に計測する技術を開発しました。この手法は、ガラスナノピペットを特定の点において、その点の応答を捉えるだけでなく、走査型プローブ顕微鏡の位置制御技術を活用することで、3次元的なイオンの濃度プロファイルを、蓄電材料を駆動させた状態で評価することができます。実際に、リチウムイオン電池の負極に利用されるグラファイト(※2)について、電位をスイープした際に生じるイオンの濃度変化を可視化することに成功しました。さらに、グラファイトの相転移に伴うナノスケールの体積変化を同時に捉えることに成功しました。この技術は、リチウムイオン電池のオペレーションや、セパレータ(※3)や電池の構造の最適化に貢献できるだけでなく、腐食や触媒の評価にも活用することが期待できます。 本研究成果は、2023年2月27日付アメリカ化学雑誌「JACS Au」に掲載されました。
研究背景と内容
リチウムイオン電池(LIB)の電解液中では、充放電中にイオンの濃度プロファイルが、時々刻々と変化します。このマイクロナノスケールのイオン濃度プロファイルの変化は、蓄電材料の特性と密接に関係しているため、オペランド計測(※4)による評価が必要とされてきました。様々な分光学的な手法により、mmオーダーの変化はとらえられるようになりつつありますが、イオンの挿入脱離に伴う構造変化や、充放電に伴うイオン濃度プロファイルの変化を同時に捉えるのは困難でした。
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM)(※5)は、先端開口径が50nmほどのガラスナノピペットを用いて試料の表面形状をナノスケールで捉えることのできる顕微鏡です。これは主に生物試料の計測に利用されている計測技術ですが、蓄電材料を動作させた状態で、形状に加え局所的なイオンの濃度変化を評価できるようにSICMの電気化学計測部分を改造しました。これにより本研究グループは、LIBの充放電中に生じるイオンの濃度変化や表面形状の変化を、試料を動作させた状態で計測することが可能なオペランドSICMを確立しました。
オペランドSICMの計測原理と装置構成を図1に示します。オペランドSICMでは、充放電中に生じる試料表面のイオン濃度の変化を空間的にとらえることができます。その実現には、蓄電材料を動作させた際のmAレベルの電流と、ガラスナノピペットで計測されるnAレベルの電流を、高感度かつ高速にとらえる必要があります。そのために、試料側の大電流計測とナノピペットの微小電流について、別々の電流計測装置を用いることで、この課題を克服しました。具体的には、大電流の計測には、溶液抵抗による電位の低下を防ぐことのできるポテンシオスタット(※6)を、微小電流計測には、高感度・高速な微小電流計測に特化したパッチクランプ用の微小電流計測器を、それぞれ用いました。さらに、ポテンシオスタットの参照極とパッチクランプ用の微小電流計測器の参照極を共有して使用することで、ガラスナノピペットに印加される電位を常に一定に保ちながら計測することが可能となりました。
オペランドSICMでは、溶液中のイオンの濃度変化に依存した抵抗値(Rcon)の変化を計測します。まず、このオペランドSICMにより、イオン濃度の計測が可能であるかを確認するため、溶液中の電解質の濃度を変えた場合のイオン電流の変化を観察しました。すると、溶液中の電解質濃度に対応してイオン電流が変化していることを確認することができました(図2)。
次に、ガラスナノピペットを試料から離してグラファイト負極の電位を掃引した際に、ガラスナノピペットで計測される電流を評価しました。ガラスナノピペットと試料との距離を10, 100, 1000, 3000 mに保った状態でサイクリックボルタンメトリー(CV)(※7)計測を行うと、グラファイト側の電流応答は一定でしたが、ガラスナノピペット側の電流は、距離がグラファイトから離れるほど応答が小さくなっていました(図3)。このことから、イオン濃度変化がグラファイト表面近傍でより生じており、ガラスナノピペットにより位置特異的にイオン濃度を計測できることが分かります。さらに、充放電中のイオン濃度変化や定電流間欠滴定法(GITT)(※8)計測中のイオン濃度変化についても同様に計測することができました。
このオペランドSICMを用いてグラファイトのCV中に生じる体積変化、および表面でのイオン濃度プロファイルの変化を計測しました。まず、定点でガラスナノピペットを上下動させながら、グラファイトのCVを計測すると特定の電位で可逆な体積変化を起こすことが分かりました(図4)。この変化は、グラファイトの相転移に対応しています。また、一列のガラスナノピペットの走査を繰り返しながらグラファイトのCV計測を行い、先ほどと同様の可逆な体積変化とともに、XZ方向のイオン濃度プロファイルを観察すると、特定の領域でイオンの濃度が低くなっていることが確認できました。
このように、イオンの濃度プロファイルを、材料を駆動させた状態で計測可能なオペランドSICMの開発により、これまで観察できなかったマイクロ・ナノスケールのイオンの偏りが観察可能となり、今後、材料の構造最適化や、セパレータ、また、デンドライト(※9)の形成を抑えるためのオペレーション方法の最適化に貢献していくことが期待できます。
成果の意義
本研究において開発した、イオン濃度プロファイルを試料を動作させた状態で観察できる技術は、イオンの溶液中での偏りが引き起こすデンドライトの形成抑制や、蓄電材料の設計、オペレーションの最適化にとどまらず、腐食や触媒の評価など幅広い応用が期待できます。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Correlative Analysis of Ion Concentration Profile and Surface Nanoscale Topography Changes using Operando Scanning Ion Conductance Microscopy
- 著者
- Yasufumi Takahashi(名大教授), Daiko Takamatsu(株式会社日立製作所), Yuri Korchev(Imperial College London教授), Takeshi Fukuma(金沢大学教授)
- 掲載誌
- JACS Au
- 掲載日
- 2023.03.07
- DOI
- 10.1021/jacsau.2c00677
- URL
- https://doi.org/10.1021/jacsau.2c00677