生きた細菌表面への細胞外膜小胞の結合過程を高速AFMで可視化 〜細菌に結合した膜小胞の物性は変化する〜
金沢大学理工研究域生命理工学系/ナノ生命科学研究所の田岡東准教授,ナノ生命科学研究所技術職員の菊池洋輔博士らと,筑波大学生命環境系/微生物サステイナビリティ研究センターの野村暢彦教授らの共同研究グループは,細菌が他の細菌との情報伝達を行うために環境中に放出する微小な袋状の膜小胞(メンブレンベシクル: MVs)が,情報を受け取る細菌の細胞表面に結合する動的な過程を高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いて世界で初めて観察しました。
細菌は,ナノメートルサイズのMVsを細胞外へと放出し,MVsを介してシグナル分子や遺伝物質などを他の細胞へと伝達すると考えられています。しかし,これまで生きた細菌の細胞表面でナノメートルサイズの壊れやすい膜小胞を観察する技術がないため,どのように膜小胞が細菌細胞に積み荷分子を運ぶのかは不明でした。そこで,試料の表面物性分布を観察できる高速AFMの位相イメージングを用いて,グラム陰性細菌Paracoccus denitrificansの細胞表層へのMVsの結合過程を解析しました。MV粒子の形状は,細胞表面への結合後も変化しませんでしたが,興味深いことにMVsの物性が細胞表面で変化することが明らかになりました。細胞表面に結合したMV粒子表面の疎水性を表す位相値が,不可逆的に減少していました。この位相値の減少は,MVを構成する物質の組成が細胞表面に結合した後で変化したことを示しており,MV粒子から細胞表層への物質の拡散を示唆しています。本研究では,高速AFMの観察結果から,MVsのグラム陰性細菌の細胞表層への融合過程についての新しいモデルを提案しました。
細胞表面の動的な物性変化をナノメートルスケールでマッピングする走査顕微鏡技術は,細胞表面で起こるさまざまな生命現象の解析に応用でき,細胞表面の生命現象を理解するための新たな視点を与えてくれる観察ツールとなることが期待できます。
本研究成果は,2022年11月16日(米国東部時間)に国際学術誌『Microbiology Spectrum』にオンライン掲載されました。
参考図
図1 (A) 生きた細菌へのMVsの結合過程の高速AFM観察。時間経過とともに細胞の表面にMVsが結合する様子が観察できた。(B) 精製したMVsのAFM像。高速AFMを用いるとナノサイズの柔らかい膜小胞を溶液中で観察できる。
図2 (A) 細胞表面に結合したMVsのAFM位相像。色の違いは局所的な表面物性の違いを表している。細胞に結合したMVsの位相値が高い(白色)ことから,MVsは細胞の表面より疎水的な性質をしていることがわかった。(B) 細胞表面で変化する一粒子のMVsの物性。細胞表層に結合したMVの位相値(主に疎水性の表面物性を表す)が時間とともに変化する様子を捉えることに成功した。
金沢大学生命理工学類 生体分子生理学研究室
http://pronet.w3.kanazawa-u.ac.jp/J/index.html
2023年2月6日掲載
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Physical Properties and Shifting of the Extracellular Membrane Vesicles Attached to Living Bacterial Cell Surfaces
- 著者
- Yousuke Kikuchi, Masanori Toyofuku, Yuki Ichinaka, Tatsunori Kiyokawa, Nozomu Obana, Nobuhiko Nomura, Azuma Taoka
- 掲載誌
- Microbiology Spectrum
- 掲載日
- 2022.11.16
- DOI
- 10.1128/spectrum.02165-22
- URL
- https://doi.org/10.1128/spectrum.02165-22