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掲載日:2020.08.06 Research Highlights

高速AFMを用いてインフルエンザHAタンパク質がエキソソームに融合する瞬間を直接観察することに成功!

研究の背景

インフルエンザは主要な公衆衛生上の課題であり,多くの国々が多大な社会経済的負担を強いられています。世界保健機関(WHO)の発表では,年間で推定約10億人が感染し,そのうち30万から50万人が死亡するとされています。インフルエンザウイルスは,人間にとって最も脅威的なウイルスだと言えます。

インフルエンザAヘマグルチニン(HA)は,インフルエンザAウイルス(IAV)の表面抗原の中で,最も注意すべき病原性因子の1つであり,宿主との親和性,感染力,伝染性,およびパンデミックを引き起こすかどうかは,HAの特性に依存しています。HAは,IAVの宿主細胞への侵入において極めて重要な役割を果たしていることが示唆されていましたが,このプロセスがどのように進行しているのかを直接観察した例はこれまでになく,それ故HAの経時的な構造変化メカニズムの詳細は明らかではありませんでした。

HAは,三量体前駆体(※5)として合成され,その後,宿主プロテアーゼによって切断されて,膜融合に適した形になります。膜融合能を得たHAは,HA1とHA2の2つの主要サブユニットで構成され,そのうち,HA1サブユニットには,宿主細胞膜上で発現しているシアル酸結合ガラクトースに結合する受容体結合部位(RBS)を持つ球状ヘッドドメインがあります。そしてHA2サブユニットには,HAトリマーを安定化し,ウイルス膜へのHAを固定させる,コイルドコイルのストークドメインと膜貫通サブドメインが含まれています。

HA2サブユニットのN末端にある融合ペプチドは,膜融合に必須の因子であり,HAがその受容体に結合すると,ウイルスはエンドサイトーシス(※6)を介して宿主細胞に入ります。中性環境においては,HAは準安定状態にありますが,酸性エンドソーム環境では容易に誘発されて構造変化を起こし,融合ペプチドが膜に挿入されます。このプロセスは,fusogenic transition(融合性遷移)と呼ばれています。

融合性遷移は,ウイルス膜とエンドソーム膜の融合を仲介するために必要な過程です。インフルエンザのHAタンパク質の作動原理を理解するには,宿主細胞内部の振る舞いに関するナノスケールレベルの時空間的な解析と,これらの状態・機能相関についてのさらなる研究が求められていました。

研究成果の概要

本研究では,高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)を使用し,HAとエキソソームとの相互作用のナノ分子動態を解明しました。pHが中性の溶液中では楕円体だったHAは,酸性の溶液中ではその立体構造が変化しました。HS-AFMによるHAのリアルタイム立体構造変化の可視化により,この変化は「アンケージング」モデルであり,HAの中間体がY字型であることが示唆されました(図1)。酸性バッファー中のHAとエキソソームの間の相互作用は,エキソソーム表層へ融合ペプチドが挿入されていることを示しており,この後,表層の不安定化,エキソソームの変形や破裂およびエキソソーム内容物の放出へと続きます。対照的に,中性バッファーでは,HAとエキソソーム間相互作用は弱いものでした。

さらに,本研究成果により,HS-AFMイメージングは,少ないサンプル量でも医療診断に使用可能であることが示されました。すなわち,少量のHAで凝集の問題を克服し,単一のHA分子に焦点を当てて観察・解析することにより,そのコンフォメーションダイナミクスとしてHAの融合性遷移を見いだすことができました(図2)。加えて,HS-AFMがウイルス融合タンパク質のナノ分子動態を解析するだけでなく,ウイルス融合タンパク質とその標的となる細胞の膜との相互作用を可視化するための実行可能なツールであることを示しました。

今後の展開

本研究で得られた知見は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)における感染メカニズムの解明に活用されることが期待されます。


図1. インフルエンザのHAタンパク質がエキソソーム膜表面に融合する瞬間を,世界で初めて直接観察することに成功した。拡大画像シーケンスは,エキソソームと融合したときのHAタンパク質の構造変化を示す。

図2. 概要図:HS-AFMを使用した,HAのネイティブなコンフォメーション,その融合性遷移,および酸性環境でのエキソソームとのリアルタイムでの相互作用の直接的な可視化。HA1サブユニットのプロトン化はHA1サブユニットの解離を引き起こし,次に融合ペプチドがエキソソームに挿入され,エキソソームの変形または破裂を引き起こし,エキソソーム内の内容物が漏出する。

用語解説

※1 高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)
探針と試料の間に働く原子間力を基に分子の形状をナノメートル(10-9 m)程度の高い空間分解能で可視化する顕微鏡。溶液中で動いているタンパク質などの生体分子をナノメートルの空間分解能とサブ秒という時間分解能で観察することが可能である。
※2 エキソソーム/細胞外小胞
細胞が分泌する脂質二重膜に覆われた小胞のこと。分泌細胞由来のタンパク質やRNAなどの核酸,脂質などを含んでおり,さまざまな細胞間情報伝達を担っている。
※3 「アンケージング」モデル
インフルエンザウイルスが宿主細胞に感染する際,ヘマグルチニン(HA)が宿主細胞膜に接触し融合する。細胞膜へ接触する際,HAがサブユニットHA1を解離することにより融合を開始,融合ペプチドを放出し,膜融合活性を持つヘアピン構造の中間体を生成するモデルを「アンケージング」モデルという。
※4 核膜孔複合体(NPC)
細胞核を覆う膜にある穴である核膜孔を構成するタンパク質の集合体。普段は細胞質と核の間の物質輸送を担う。
※5 三量体前駆体
HAはホモ三量体のタンパク質であるが,これらの生合成にはまず1つの前駆体が合成される。この前駆体のこと。後に分裂し,HA1とHA2の2つの主要サブユニットが生成される。
※6 エンドサイトーシス
細胞が細胞外の物質を取り込むための方法の一つ。細胞膜が細胞外の物質を取り囲み、その後細胞膜が分離し,その物質を細胞内に取り込む。

掲載論文情報

論文タイトル
High-speed AFM reveals molecular dynamic of human influenza A hemagglutinin and its interaction with exosomes (高速AFMによるヒトインフルエンザAヘマグルチニンの分子動態とエキソソームとの相互作用の解明)
著者
Keesiang Lim, Noriyuki Kodera, Hanbo Wang, Mahmoud Shaaban Mohamed, Masaharu Hazawa, Akiko Kobayashi, Takeshi Yoshida, Rikinari Hanayama, Seiji Yano, Toshio Ando, Richard W. Wong
(キイシヤン・リン1,古寺哲幸1,王瀚博2,マホモド・シャーバノ・モハンメド3,羽澤勝治1,4,小林亜紀子4,吉田孟史1,華山力成1,矢野聖二1,5,安藤敏夫1,リチャード・ウォング1,4

  1. 金沢大学ナノ生命科学研究所
  2. 金沢大学大学院新学術創成研究科融合科学共同専攻博士前期課程
  3. 金沢大学新学術創成研究機構(研究当時)
  4. 金沢大学新学術創成研究機構
  5. 金沢大学がん進展制御研究所
掲載誌
Nano Letters
掲載日
2020.08.06
DOI
10.1021/acs.nanolett.0c01755

Funder

本研究は,文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI),日本学術振興会科学研究費助成事業(17H05874,17K08655),小林国際奨学財団,島津科学技術振興財団,金沢大学新学術創成研究機構ユニット研究推進経費,金沢大学超然プロジェクト,金沢大学「新型コロナウイルス感染症対策支援ファンド」研究費の支援を受けて実施されました。

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