秋根 茂久

超分子化学の最前線:キャップ付き分子の容器でイオンの出入りを制御する

生体分子センシングやナノ内視鏡技術開発につながる革新的アプローチ

秋根茂久、金沢大学ナノ生命科学研究所 教授・主任研究者

秋根茂久教授はNanoLSIで超分子化学グループを率いる主任研究者だ。「超分子化学は、分子の集合を制御するメカニズムを研究する分野です」と秋根教授は説明する。「複数の原子が共有結合で結びついた粒子を分子と呼ぶのに対し、超分子は複数の分子が非共有結合と呼ばれる弱い力で集まった分子集合体のことを指します。この集合体は、個々の分子にはない新たな機能を発揮します」。

秋根教授が取り組んでいるのは、特定のターゲットである「ゲスト分子」を捕まえるための「分子の容器」(中央に空洞があるかご状のホスト分子など)を化学的に合成する研究だ。「私たちは、複数の金属錯体骨格を含む様々なホスト分子を設計しています」と秋根教授は説明する。「ターゲットとなるゲストを出し入れするため、キャップ機能を持つホスト化合物を化学的に設計します。キャップの開閉ができるホスト分子は、ナノ内視鏡など、NanoLSIが実現を目指している技術に不可欠です」。

開閉可能なキャップの機能を持つホスト分子は、日常生活で使われる容器やペットボトルに例えられる。つまり、キャップを開けると中身を出し入れでき、閉めると容器内に保管することができる(図1)。この機能により、ナノメートルの世界で、ホスト分子はゲスト分子を保存・運搬・放出できるが、これは分子認識やナノ分子機械など様々な技術に応用が可能である。

秋根教授らは、ゲストの取り込み・放出を可能にする開閉機能を持つカゴ構造の分子を合成した。そして、カゴの開口部に、「キャップ」の役割を果たす別の分子を導入したり外したりすることで、ゲスト分子の出入りを制御することに成功した。これにより、好きなタイミングでゲスト交換を開始できる手法を構築できた。

具体的な例が、コバルト(III)イオンを導入したカゴ型のメタロホスト(金属錯体型ホスト分子)の開口部に、ジアミン配位子を「キャップ」として導入した分子である。このホスト分子は、セシウムイオンに対して高い選択性を示すが、入り口が開いた構造のものに比べて、「キャップ」をつけた場合はセシウムイオンの取り込み速度が2000倍遅くなることが分かった[1]。この結果から、ホストの開口部を閉じてゲストの取り込み速度を大幅に低下させるこの手法の有効性が明らかとなった。

別の研究では、環状メタロホストへ陰イオン性のキャップを取り付けることで、ゲストであるイオンの出入りを制御することに成功した[2]。ここで興味深いのは、キャップによりイオンの出入りを遅くすることで準安定な状態を作り出すことができ、この準安定状態を出発点として、キャップを取り替えることにより望み通りのタイミングでゲスト交換ができる点である。「コバルトメタロホストのみを使って、イオンの取り込みと放出という複雑な働きをうまくコントロールすることができました」と秋根教授は語る。「単純ですが効果的なこのアプローチは、生体分子センシングなどに用いるナノケージを作製するための鍵となるでしょう」。


図1:分子サイズの容器(ホスト)とその中身(ゲスト)のイメージ。(a) きついキャップをすると内容物は出入りできないが、(b) 緩いキャップなら自由に出入り可能。

研究ハイライト

最近の研究論文には、Scientific Reportsに発表されたらせん反転の反応速度制御に関する論文[3]や、New Journal of Chemistryに発表された平面芳香族ゲストの認識に有用な多環式芳香族炭化水素の相互作用に関する論文[4]などがある。

参考文献

  1. S. Akine etal. “Metallo-molecular Cage That Can Close the Apertures with Coordination Bonds”. J. Am. Chem. Soc. 139, 4631, (2017).
    doi:10.1021/jacs.7b00840
  2. Y. Sakata, C. Murata, and S. Akine, “Anion-capped metallohost allows extremely slow guest uptake and on-demand acceleration of guest exchange”. Nat. Commun. 8, 16005, (2017).
    doi:10.1038/ncomms16005
  3. S. Sairenji et al, “Response speed control of helicity inversion based on a “regulatory enzyme”-like strategy”, Sci. Rep. 8, 137, (2018).
    doi:10.1038/s41598-017-16503-1
  4. S. Akine et al, “A novel graphite-like stacking structure in a discrete molecule and its molecular recognition behavior”, New J. Chem. 42, 9369, (2018).
    doi:10.1039/C8NJ01315B