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掲載日:2025.12.12 Research Highlights

二次元半導体ナノネットワーク構造の合成法開発に成功~次世代の水素発生触媒の応用に期待~

発表のポイント

  • 研究グループ独自のユニークな手法により、半導体材料の遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)1デンドライト2と呼ばれるナノスケールのネットワーク構造の合成に成功しました。
  • 単層TMDCと成長基板の界面を化学反応場とするナノリアクタを用いることで、ナノスケールのデンドライト構造の合成に成功しました。
  • この手法の開発により、従来の貴金属フリーの水素発生触媒3の発展に大きく寄与します。

 


学術研究院環境生命自然科学学域の鈴木弘朗研究准教授と名古屋工業大学物理工学類の平田海斗助教、名古屋大学大学院工学研究科・金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の高橋康史教授、名古屋大学大学院工学研究科の徳永智春准教授、慶応義塾大学理工学部物理学科の藤井瞬助教、福岡工業大学の三澤賢明准教授の研究グループは、原子レベルに薄い半導体材料(遷移金属ダイカルコゲナイド、TMDC:Transition Metal Dichalcogenide)と成長基板との間に形成されるナノスケール空間を用いて、TMDCのデンドライトと呼ばれるナノスケールのネットワーク構造の合成とその水素発生(HER:Hydrogen Evolution Reaction)触媒能の実証に成功しました。この研究成果は、2025年12月4日に独国Wiley-VCH発行の学術雑誌「Small Structures」に掲載されました。
TMDCは原子3つ分の厚みの半導体特性を持つ二次元物質で、機械的柔軟性に加え、優れた電気・光学特性を持つことから、電子デバイスや電気化学分野への応用が期待されています。このような原子層物質をデンドライトと呼ばれるナノスケールのネットワーク構造にすることで、電気化学機能の向上が期待できます。今回の研究では単層のTMDCナノリボンを合成するユニークな手法を提案しました。本研究は、今後次世代ナノスケール光電子デバイスの開発やエネルギー問題の解決に大きく寄与します。

研究者(鈴木研究准教授)からのひとこと

さまざまなバックグラウンドをもつ研究者と協力することで、材料のポテンシャルを引き出すことができました。私たちだけでは気が付くことができなかった新しい発見をできたことが大変嬉しかったです。今後も学際的な研究を推進していきます。

発表内容

<現状>

脱炭素社会の実現に向けて再生可能エネルギー由来の“グリーン水素4”の需要が高まっています。HER触媒は、水を効率的に水素へ変換する水電解技術に必要不可欠です。貴金属の白金(Pt)は代表的なHER触媒ですが、高価で希少であるため、安価で高性能な代替材料が求められています。代替材料として、原子レベルの厚みを持つ二次元材料が期待されています。層状物質で、単層が原子3個分の厚みをもつ二次元半導体の遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)は、単層(厚みが約0.7 nm)においても優れた機械的柔軟性、光学特性、電気特性を持ち合わせていることから、次世代の光電子デバイスやエネルギーデバイスへの応用が期待されています。特に、TMDCの端(エッジ)は高いHER触媒能を示すことが明らかになっています。一方で、TMDCのシート構造におけるエッジ密度は低く、エッジ密度向上に向けてTMDCのナノスケールでの構造制御法が求められていました。

<研究成果の内容>

本研究では、TMDCシートのHER触媒能を向上させるために、ナノスケールのデンドライト(または樹枝状晶)と呼ばれる構造に注目しました。デンドライト構造は雪の結晶でよく知られる構造で、フラクタル5と呼ばれる幾何学的な特徴を持ちます。デンドライト構造は通常のTMDC結晶に比べてエッジ密度が高いため、TMDCをデンドライト構造に成長することで、HER触媒活性サイト密度を向上させることができます。また、デンドライト構造を微細化するほどエッジ密度が向上するという特徴を有しています。

単層TMDCを合成する手法として、気相-液相-固相(VLS:Vapor-Liquid-Solid)成長6を元にした化学気相成長(CVD)法7を用いました。本合成手法により、数百µmサイズの単層WS2の合成に成功しました(図1a)。また単層WS2の結晶内に微細構造を持つ二層ドメインが成長していることが分かりました(図1b)。走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)8を用いて原子スケールでの構造解析を行ったところ、100 nm程度の幅を持つ短冊状のWS2ナノリボン9構造)が連結したネットワーク構造を有していることが明らかになりました(図1c)。さらにナノリボンのエッジがジグザグ形状を持ち(図1d)、それらが原子レベルでシャープであることが明らかになりました(図1e)。さらに単層WS2との積層構造の断面をSTEMで測定したところ、デンドライトのエッジが上部ではなく、下部に存在することが明らかになりました(図1f)。この結果は、デンドライト構造が単層WS2と基板の界面に成長していることを示しています。

次に、デンドライト構造の局所的な触媒活性を、独自開発した世界最高の分解能を持つ走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM:Scanning Electrochemical Cell Microscopy)10と呼ばれる手法を用いて測定しました。SECCMではナノスケールの先端部に開口を有するガラスピペット(ナノピペット)をサンプル表面で走査することによって、超高分解能で触媒活性を評価することができます。HER では還元電流の絶対値が大きいほど触媒活性が高いことを示します。まず WS₂ 結晶の表側を測定した結果、デンドライト上では還元電流の増大(絶対値の増加)は見られませんでした(図 2a,b)。

一方、WS₂ 結晶を裏返して裏側を測定したところ、デンドライトのエッジ部分で還元電流の絶対値が増大し、HER 触媒活性の向上が確認されました(図 2c,d)。この結果は、デンドライトが単層WS2と基板の界面に成長しているという予測と一致するものです。

さらに、デンドライトの積層構造を詳細に解析しました。二層WS2の積層構造には主に2Hと3Rと呼ばれる二つのタイプがあります。これらは結晶の対称性の違いによって区別され、第二次高調波発生(SHG:Second Harmonic Generation)11と呼ばれる非線形光学効果12を用いることによって、判別することができます。単層WS2に対して、大面積のSHGマップを測定したところ、デンドライト上でSHG強度が高い箇所と低い箇所が混在していることが明らかになりました(図3a-c)。これらは2Hと3R積層のデンドライトが混在していることを示しており、またSTEM測定においてもこれらの積層構造が確認されました(図3d-g)。

最後に、デンドライトの界面成長のメカニズムを実験と理論計算から検討しました(図4)。まず、タングステンの原料(Na-W-Oモルテン)がWS2-SiO2界面に供給されるメカニズムを検討しました。さまざまな合成条件を検討した結果、タングステン原料が単層WS2成長の過程でWS2-SiO2界面に取り残され閉じ込められることが分かりました。またSiO2がタングステン原料との反応によりエッチングされ、核生成サイトとして働くことが示唆されました。硫黄原料供給のメカニズムも検討しました。合成温度に対する系統的な実験と、硫黄原子のSiO2とWS2表面における拡散エネルギー13および界面へのインターカレーションエネルギー14密度汎関数理論(DFT: Density Functional Theory)計算15から、硫黄原子のSiO2上での表面拡散がデンドライト成長の律速過程16表面拡散律速17になっていることが示唆されました。この表面拡散律速がデンドライト成長を引き起こす要因になっていることを突き止めました。

<社会的な意義>

グリーン水素技術に向けたHER触媒の開発はエネルギー問題の解決のための急務の課題です。今回のTMDCのエッジをHER触媒に用いるアプローチは、貴金属を用いない低コストな水素製造法の開発につながります。またTMDCは次世代のウェアラブルセンサーや発光素子、発電素子などへの応用が期待されている材料です。TMDCのナノ構造や積層構造を制御する技術は応用に向けて極めて重要です。本研究が、エネルギー問題の解決や次世代のナノスケール光電子デバイスの実現に貢献できると期待できます。

図1. (a,b) デンドライトが成長した単層WS2単結晶の光学顕微鏡像。(c-e) WS2デンドライトの高分解STEM像。(f) デンドライト成長箇所の断面STEM像。

図2. (a,c) WS2結晶の(a,b)表側と(c,d)裏側の(a,c)SECCM測定の模式図と(b,d)電流マップ。

図3. WS2結晶の(a)光学顕微鏡と(b)大面積SHGマップ。(c)異なるSHG強度をもつ二つのデンドライトのSHGマップ。2Hおよび3R積層した二層WS2の(d,f)結晶モデルと(e,g)高分解STEM像。

図4. WS2デンドライトの界面成長のモデル。

用語解説

※1 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC:Transition metal dichalcogenide)
遷移金属原子(M)とカルコゲン原子(X)から成り、MX2と表せられる、単層が1 nm以下の原子3つ分の厚みを持つ層状物質です。代表的なTMDCにはWS2やMoS2などが挙げられます。
※2 デンドライト
結晶が成長する際に樹枝状に伸びる形状のこと。
※3 水素発生(HER:Hydrogen Evolution Reaction)触媒
水の電気分解などの過程で、水素(H₂)を効率よく発生させる化学反応(HER)を助ける物質。触媒は反応の速度を高め、必要な電圧を低下させる役割をもっています。
※4 グリーン水素
再生可能エネルギー(太陽光や風力など)を使ってつくられる、二酸化炭素を排出しない水素のことです。脱炭素社会の切り札として注目されています。
※5 フラクタル
一部分を拡大しても全体と似た形が繰り返し現れるパターンのことです。雪の結晶や木の枝などに見られる特徴的な形をしています。
※6 気相-液相-固相(VLS:Vapor-Liquid-Solid)成長
液相状態の液体原料が気相原料と反応して固相の材料が成長することです。
※7 化学気相成長(CVD)法
気相から原料を供給し、高温で化学反応を起こすことにより、さまざまな物質の薄膜を形成する技術です。一般的には半導体集積回路を製造する工程で用いられます。
※8 走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)
電子線を細く絞って試料を走査し、透過してきた電子を検出して像をつくる顕微鏡です。原子レベルの構造まで観察できます。
※9 ナノリボン
原子層物質をナノスケール幅の短冊構造にした一次元物質の総称です。
※10 走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM:Scanning Electrochemical Cell Microscopy)
電解液を充填したガラスナノピペットの先端と試料との間にナノスケールのメニスカス上の電気化学セルを形成し、局所的な電気化学反応(電流や反応速度)を計測しながら操作する手法です。材料や電極の触媒活性をマッピングできます。
※11 第二次高調波発生(SHG:Second Harmonic Generation)
特定の結晶や物質に光を当てると、元の光の波長の半分の光が新たに出てくる現象です。結晶の構造や非対称性を調べるための光学的な手法として使われます。
※12 非線形光学効果
強い光を物質に当てると、光の振る舞いが単純に比例しなくなる現象のことです。例えば、光の色が変わったり、光の強さに応じて反射や屈折の仕方が変わったりします。
※13 表面拡散エネルギー
ある物質が基板表面上で移動するために乗り越えなければならないエネルギー障壁のことです。
※14 インターカレーションエネルギー
物質の層の間に別の原子や分子が入り込むときのエネルギーのことです。
※15 密度汎関数理論(DFT: Density Functional Theory)計算
材料の物性を予測するための計算手法の一種です。電子密度からエネルギーなどの物性を予測する理論に基づいています。
※16 律速過程
いくつかの素反応過程から構成される化学反応内で、全体としての反応の速度に最も大きく影響する素反応過程のことです。
※17 表面拡散律速
化学反応において、ある原料が基板表面を拡散する過程が反応全体の律速過程になっている状態のことです。

掲載論文情報

論文タイトル
Dendritic WS2 Nanoribbon Networks Grown in Interfacial Confinement Space: Edge-Rich Architectures for Enhanced Hydrogen Evolution
著者
Hiroo Suzuki*†, Kaito Hirata†, Yuta Takahashi, Shun Fujii, Masaaki Misawa, Tomoharu Tokunaga, Ichiro Nakaya, Yutaro Senda, Yasuhiko Hayashi, Yasufumi Takahashi*(*責任著者、†共同筆頭著者)
掲載誌
Small Structures
掲載日
2025.12.04
DOI
10.1002/sstr.202500542
URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/sstr.202500542

Funder

本研究は、JSPS科研費(Grant No. JP25K01624, JP23K13633, JP24K00817, JP24H01197, JP24H01189, JP24H00478, JP24H01202, and JP24K17708)、JST創発的研究支援事業(Grant No. JPMJFR203K and JPMJFR245U)、JST ACT-X (Grant No. JPMJAX23DH)、松籟科学技術振興財団研究助成、ヒロセ財団研究助成、花王 芸術・科学財団 花王科学奨励賞、中部電気利用基礎研究振興財団研究助成、慶応大学次世代研究プロジェクト推進プログラム、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1225NU0058)、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて実施しました。