二次元半導体ナノネットワーク構造の合成法開発に成功~次世代の水素発生触媒の応用に期待~
発表のポイント
- 研究グループ独自のユニークな手法により、半導体材料の遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)(1)のデンドライト(2)と呼ばれるナノスケールのネットワーク構造の合成に成功しました。
- 単層TMDCと成長基板の界面を化学反応場とするナノリアクタを用いることで、ナノスケールのデンドライト構造の合成に成功しました。
- この手法の開発により、従来の貴金属フリーの水素発生触媒(3)の発展に大きく寄与します。
学術研究院環境生命自然科学学域の鈴木弘朗研究准教授と名古屋工業大学物理工学類の平田海斗助教、名古屋大学大学院工学研究科・金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の高橋康史教授、名古屋大学大学院工学研究科の徳永智春准教授、慶応義塾大学理工学部物理学科の藤井瞬助教、福岡工業大学の三澤賢明准教授の研究グループは、原子レベルに薄い半導体材料(遷移金属ダイカルコゲナイド、TMDC:Transition Metal Dichalcogenide)と成長基板との間に形成されるナノスケール空間を用いて、TMDCのデンドライトと呼ばれるナノスケールのネットワーク構造の合成とその水素発生(HER:Hydrogen Evolution Reaction)触媒能の実証に成功しました。この研究成果は、2025年12月4日に独国Wiley-VCH発行の学術雑誌「Small Structures」に掲載されました。
TMDCは原子3つ分の厚みの半導体特性を持つ二次元物質で、機械的柔軟性に加え、優れた電気・光学特性を持つことから、電子デバイスや電気化学分野への応用が期待されています。このような原子層物質をデンドライトと呼ばれるナノスケールのネットワーク構造にすることで、電気化学機能の向上が期待できます。今回の研究では単層のTMDCナノリボンを合成するユニークな手法を提案しました。本研究は、今後次世代ナノスケール光電子デバイスの開発やエネルギー問題の解決に大きく寄与します。
研究者(鈴木研究准教授)からのひとこと
さまざまなバックグラウンドをもつ研究者と協力することで、材料のポテンシャルを引き出すことができました。私たちだけでは気が付くことができなかった新しい発見をできたことが大変嬉しかったです。今後も学際的な研究を推進していきます。
発表内容
<現状>
脱炭素社会の実現に向けて再生可能エネルギー由来の“グリーン水素(4)”の需要が高まっています。HER触媒は、水を効率的に水素へ変換する水電解技術に必要不可欠です。貴金属の白金(Pt)は代表的なHER触媒ですが、高価で希少であるため、安価で高性能な代替材料が求められています。代替材料として、原子レベルの厚みを持つ二次元材料が期待されています。層状物質で、単層が原子3個分の厚みをもつ二次元半導体の遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)は、単層(厚みが約0.7 nm)においても優れた機械的柔軟性、光学特性、電気特性を持ち合わせていることから、次世代の光電子デバイスやエネルギーデバイスへの応用が期待されています。特に、TMDCの端(エッジ)は高いHER触媒能を示すことが明らかになっています。一方で、TMDCのシート構造におけるエッジ密度は低く、エッジ密度向上に向けてTMDCのナノスケールでの構造制御法が求められていました。
<研究成果の内容>
本研究では、TMDCシートのHER触媒能を向上させるために、ナノスケールのデンドライト(または樹枝状晶)と呼ばれる構造に注目しました。デンドライト構造は雪の結晶でよく知られる構造で、フラクタル(5)と呼ばれる幾何学的な特徴を持ちます。デンドライト構造は通常のTMDC結晶に比べてエッジ密度が高いため、TMDCをデンドライト構造に成長することで、HER触媒活性サイト密度を向上させることができます。また、デンドライト構造を微細化するほどエッジ密度が向上するという特徴を有しています。
単層TMDCを合成する手法として、気相-液相-固相(VLS:Vapor-Liquid-Solid)成長(6)を元にした化学気相成長(CVD)法(7)を用いました。本合成手法により、数百µmサイズの単層WS2の合成に成功しました(図1a)。また単層WS2の結晶内に微細構造を持つ二層ドメインが成長していることが分かりました(図1b)。走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)(8)を用いて原子スケールでの構造解析を行ったところ、100 nm程度の幅を持つ短冊状のWS2(ナノリボン(9)構造)が連結したネットワーク構造を有していることが明らかになりました(図1c)。さらにナノリボンのエッジがジグザグ形状を持ち(図1d)、それらが原子レベルでシャープであることが明らかになりました(図1e)。さらに単層WS2との積層構造の断面をSTEMで測定したところ、デンドライトのエッジが上部ではなく、下部に存在することが明らかになりました(図1f)。この結果は、デンドライト構造が単層WS2と基板の界面に成長していることを示しています。
次に、デンドライト構造の局所的な触媒活性を、独自開発した世界最高の分解能を持つ走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM:Scanning Electrochemical Cell Microscopy)(10)と呼ばれる手法を用いて測定しました。SECCMではナノスケールの先端部に開口を有するガラスピペット(ナノピペット)をサンプル表面で走査することによって、超高分解能で触媒活性を評価することができます。HER では還元電流の絶対値が大きいほど触媒活性が高いことを示します。まず WS₂ 結晶の表側を測定した結果、デンドライト上では還元電流の増大(絶対値の増加)は見られませんでした(図 2a,b)。
一方、WS₂ 結晶を裏返して裏側を測定したところ、デンドライトのエッジ部分で還元電流の絶対値が増大し、HER 触媒活性の向上が確認されました(図 2c,d)。この結果は、デンドライトが単層WS2と基板の界面に成長しているという予測と一致するものです。
さらに、デンドライトの積層構造を詳細に解析しました。二層WS2の積層構造には主に2Hと3Rと呼ばれる二つのタイプがあります。これらは結晶の対称性の違いによって区別され、第二次高調波発生(SHG:Second Harmonic Generation)(11)と呼ばれる非線形光学効果(12)を用いることによって、判別することができます。単層WS2に対して、大面積のSHGマップを測定したところ、デンドライト上でSHG強度が高い箇所と低い箇所が混在していることが明らかになりました(図3a-c)。これらは2Hと3R積層のデンドライトが混在していることを示しており、またSTEM測定においてもこれらの積層構造が確認されました(図3d-g)。
最後に、デンドライトの界面成長のメカニズムを実験と理論計算から検討しました(図4)。まず、タングステンの原料(Na-W-Oモルテン)がWS2-SiO2界面に供給されるメカニズムを検討しました。さまざまな合成条件を検討した結果、タングステン原料が単層WS2成長の過程でWS2-SiO2界面に取り残され閉じ込められることが分かりました。またSiO2がタングステン原料との反応によりエッチングされ、核生成サイトとして働くことが示唆されました。硫黄原料供給のメカニズムも検討しました。合成温度に対する系統的な実験と、硫黄原子のSiO2とWS2表面における拡散エネルギー(13)および界面へのインターカレーションエネルギー(14)の密度汎関数理論(DFT: Density Functional Theory)計算(15)から、硫黄原子のSiO2上での表面拡散がデンドライト成長の律速過程(16)(表面拡散律速)(17)になっていることが示唆されました。この表面拡散律速がデンドライト成長を引き起こす要因になっていることを突き止めました。
<社会的な意義>
グリーン水素技術に向けたHER触媒の開発はエネルギー問題の解決のための急務の課題です。今回のTMDCのエッジをHER触媒に用いるアプローチは、貴金属を用いない低コストな水素製造法の開発につながります。またTMDCは次世代のウェアラブルセンサーや発光素子、発電素子などへの応用が期待されている材料です。TMDCのナノ構造や積層構造を制御する技術は応用に向けて極めて重要です。本研究が、エネルギー問題の解決や次世代のナノスケール光電子デバイスの実現に貢献できると期待できます。

図1. (a,b) デンドライトが成長した単層WS2単結晶の光学顕微鏡像。(c-e) WS2デンドライトの高分解STEM像。(f) デンドライト成長箇所の断面STEM像。

図2. (a,c) WS2結晶の(a,b)表側と(c,d)裏側の(a,c)SECCM測定の模式図と(b,d)電流マップ。

図3. WS2結晶の(a)光学顕微鏡と(b)大面積SHGマップ。(c)異なるSHG強度をもつ二つのデンドライトのSHGマップ。2Hおよび3R積層した二層WS2の(d,f)結晶モデルと(e,g)高分解STEM像。

図4. WS2デンドライトの界面成長のモデル。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Dendritic WS2 Nanoribbon Networks Grown in Interfacial Confinement Space: Edge-Rich Architectures for Enhanced Hydrogen Evolution
- 著者
- Hiroo Suzuki*†, Kaito Hirata†, Yuta Takahashi, Shun Fujii, Masaaki Misawa, Tomoharu Tokunaga, Ichiro Nakaya, Yutaro Senda, Yasuhiko Hayashi, Yasufumi Takahashi*(*責任著者、†共同筆頭著者)
- 掲載誌
- Small Structures
- 掲載日
- 2025.12.04
- DOI
- 10.1002/sstr.202500542
- URL
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/sstr.202500542

