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掲載日:2025.03.24 Research Highlights

「ドーナツの謎」に迫る! 精子内のDNA凝縮過程の動態観察に成功!

金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻/ナノ精密医学・理工学卓越大学院プログラム履修生の西出梧朗(博士後期課程3年、研究当時)、金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)のキイシヤン・リン特任助教、安藤敏夫特任教授、東京大学定量生命科学研究所の岡田由紀教授、金沢大学WPI-NanoLSI/新学術創成研究機構のリチャード・ウォング教授らの共同研究グループは、精子形成時に起こるDNA凝縮過程の動態観察に初めて成功しました。
哺乳類の精子細胞は受精の役割を担うために、ユニークな細胞構造と機能を持っています。特に、遺伝情報をコンパクトにまとめるため、核膜孔を通じた分子輸送や核内でのDNAの凝縮は、精子形成に不可欠です。通常の細胞ではDNAはヒストン(※1)というタンパク質で凝縮されますが、精子細胞では90%以上がプロタミン(PRM)(※2)に置き換わります。このPRM置換により、DNAは高密度な「トロイド」というドーナツ状構造を形成し、精子の核内に収納されると考えられています。従ってPRMの役割は精子形成において非常に重要ですが、その詳細なメカニズムは未解明です。特に、PRMがどのようにDNAを凝縮させ、トロイド構造を形成するのかは明らかになっていませんでした。
本研究では、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(※3)を用いて、DNAがPRMによってトロイド構造を形成する過程を発見しました。DNA凝縮の動的で可逆的な性質を捉えたことにより、これまで静的画像化技術では見逃されていた重要な中間体の存在が明らかとなりました。これらの凝縮過程を「コイル-アセンブル-ロッド-ドーナツ(CARD)モデル」と名付けました。この研究結果により、精子学の枠を超え、PRM濃度の変動や変異がクロマチン(※4)の構造および生殖能力に与える影響などの理解を深めることが期待されます。これらの知見は将来、男性不妊症の理解や生殖補助技術における標的療法の開発に重要な意味を持つだけでなく、クロマチンダイナミクスやDNA-タンパク質相互作用といった、より幅広い研究分野にも貢献します。
本研究成果は、2025 年 3 月24日(協定世界時)に英国科学誌『Nucleic Acids Research』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

精子のクロマチン凝縮は、生殖において非常に重要な役割を果たしています。精子形成過程において、ヒストンはプロタミン(PRM)に置き換えられ、PRM-DNA複合体が形成されます。このPRMは、アルギニンとシステインに富む短鎖の塩基性タンパク質であり、精子のDNAと強固に結びつき、DNAのリン酸骨格に結合します。この結合によってコンパクトなPRM-DNA複合体が形成され、精子の遺伝物質であるDNAを保護する役割を担います。しかし、PRMによってどのようにDNAが凝縮されるのかについて、これまでその詳細なメカニズムは明らかにされていませんでした。

研究成果の概要

本研究では、高速AFMを用いて、DNAがPRMによってトロイド構造を形成する過程を発見しました。高速AFMによるミリ秒単位での観察により、DNA凝縮は動的で可逆的な性質であること、また存在時間が短いため、これまでの静的画像技術では見逃されていた重要な中間体が存在することが明らかとなりました。本研究グループは、これらの凝縮過程を「Coil-Assemble-Rod-Doughnut(CARD;コイル-アセンブル-ロッド-ドーナツ)モデル」として、提案しました。
本研究ではまず、静的な観察を行い、PRMがDNAに結合することで、DNAはCoil、Rod、Doughnutの主に3種類の構造体を形成することを確認しました(図1)。次に動的な観察を行ったところ、初期段階では、PRMがDNAに結合し、DNAがループ状に折りたたまれ、その後PRMの継続的な追加により、DNAはコイル状構造からロッド状中間体を経て、最終的にトロイド状ナノ構造を形成することが示唆されました。この過程を説明するために、CARDモデルを提案しました(図2)。このモデルは、PRMがDNAの凝縮を段階的に進行させるメカニズムを示しています。
これらのことから、高速AFMの観察により、PRMがDNAの構造を階層的に変化させる様子が明らかになり、DNAの凝縮過程を詳細に把握することができました。

今後の展開

本研究成果により、高速AFMを用いてPRM-DNA相互作用の時空間ダイナミクスを明らかにし、精子クロマチンの構造を理解するための知的基盤を確立しました。今後の研究では、このモデルをさらに検証し、他の生物種や異なる反応条件下でのPRM-DNA相互作用を解析することで、クロマチン凝縮の普遍的なメカニズムを明らかにすることが期待されます。特に、精子クロマチンの構造異常が不妊症に及ぼす影響を探ることで、新しい診断法や治療法の開発につながる可能性があります。さらに、核膜孔の機能異常が精子クロマチンの構造異常や不妊症に与える影響を探ることで、新しい診断法や治療法の開発につながる可能性があります。また、PRMは医薬品の補助成分としても使われており、高速AFMの技術を用いたさらなる研究によって、遺伝子治療や核酸医薬の開発にも応用が期待されます。

 

図1: PRM-DNAの凝縮体
PRM-DNAの凝縮体にはコイル、ロッド、ドーナツの主に3種類の構造体が存在することが分かった。

図2: Coil-Assemble-Rod-Doughnut(CARD)モデル
PRMがDNAに結合すると、まずDNAがコイル状に折りたたまれ、その後コイル構造が重なり集まることでロッド構造を作り、最終的にドーナツ構造を形成することが分かった。

 

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用語解説

※1 ヒストン
真核生物の細胞核内に存在する主要なタンパク質で、DNAと結合してクロマチンを形成します。これにより、長いDNA分子がコンパクトに折りたたまれ、核内に効率よく収納されます。
※2 プロタミン(PRM)
アルギニンとシステインに富む短鎖の塩基性タンパク質であり、精子に豊富に含まれます。DNAと強固に結合することによって、クロマチンを約10倍から20倍に凝縮します。
※3 高速原子間力顕微鏡(高速AFM)
探針と試料の間に働く原子間力を基に分子の形状やその動態をナノメートル(10-9 m)程度の空間分解能とサブ秒という時間分解能で可視化することのできる顕微鏡。
※4 クロマチン
真核生物の細胞核内に存在する複合体で、DNAとタンパク質(主にヒストン)から構成されています。DNAの長い分子をコンパクトに折りたたんで核内に収納し、遺伝子の発現を制御したり、DNA修復を助けたりする重要な役割を果たします。精子の場合は、主にプロタミンとDNAがクロマチンを形成します。

掲載論文情報

論文タイトル
Spatiotemporal Dynamics of Protamine-DNA Condensation Revealed by High-Speed Atomic Force Microscopy (高速AFMで明らかにされたプロタミン-DNA凝縮の時空間ダイナミクス)
著者
Goro Nishide, Keesiang Lim, Akiko Kobayashi, Yujia Qiu, Masaharu Hazawa, Toshio Ando, Yuki Okada, Richard W. Wong (西出梧朗、キイシヤン・リン、小林亜紀子、邱 宇嘉、羽澤勝治、安藤敏夫、岡田由紀、リチャード・ウォング )
掲載誌
Nucleic Acids Research
掲載日
2025.03.24
DOI
10.1093/nar/gkaf152
URL
https://doi.org/10.1093/nar/gkaf152

Funder

本研究は、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、金沢大学ナノ精密医学・理工学卓越大学院プログラム(WISE)、日本学術振興会科学研究費助成事業(20H05939、22H05537、22H02209、23H04278、24H01276、24K18449)、JST戦略的創造研究推進事業(CREST) (JPMJCR22E3)、北陸銀行若手研究者助成金、島津科学技術振興財団、武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。