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掲載日:2024.12.06 Research Highlights

脳のゴミを除去する新たな仕組みを発見!

―アルツハイマー病の発症機構の解明に期待―

 

金沢大学医薬保健学総合研究科医学専攻の亀谷匠郁、医薬保健研究域医学系/医薬保 健研究域附属サピエンス進化医学研究センターの河﨑洋志教授、新学術創成研究科ナノ 生命科学専攻の酒井伍希(研究当時)、ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)/医薬保健 研究域附属サピエンス進化医学研究センターの奥田覚准教授、医薬保健研究域医学系の 中田光俊教授らの研究グループは、アルツハイマー病の原因物質などの不要な老廃物を 脳から除去する新たな仕組みを世界で初めて発見しました

アルツハイマー病は、大脳(※1)内にアミロイド β(※2)が蓄積することが原因と 考えられており、このアミロイド β を大脳から除去することがアルツハイマー病の予防 につながると考えられています。この除去する仕組みの研究は、これまで主にマウスを 用いて行われてきました。しかし、研究でよく用いられるマウスの大脳はヒトの大脳に 比べて小さく未発達であることから、本研究グループはマウスの代わりに、ヒトの大脳 に近い特徴を持つ高等哺乳動物フェレット(※3)の大脳を用いて独自の研究を進めた ところ、大脳から老廃物を除去する新たな仕組みを発見しました

大脳における老廃物の除去効率の低下が、アルツハイマー病の発症につながると考え られていることから、本研究の成果は、アルツハイマー病の発症機構の解明や予防法の 確立に発展することが期待されます

本研究成果は、2024 年 12 月 4 日午前 10 時(英国時間)に英国オンラインジャーナル 『Nature Communications』に掲載されました。

研究の背景

ヒトの脳の中でも大脳(図 1)は、高度な脳機能に重要であるだけでなく、脳神経疾 患や精神疾患などさまざまな病気に関連することから、特に注目されています。大脳 は、活動する際に栄養や酸素を消費し、それに伴い老廃物が発生します。そのため、こ の不要な老廃物を大脳から効率よく除去する必要があります。またアルツハイマー病で は、大脳内にアミロイド β が蓄積することが原因と考えられており、このアミロイド β を大脳から除去することがアルツハイマー病の予防につながると考えられています。このように老廃物やアミロイド β を大脳から除去する仕組みの解明は、世界的にも重要 な研究と考えられています。

図1:ヒトの脳の外観
ヒトの脳を横から見たイラスト。大脳の場所を楕円で囲んだ。大脳の表面には多くの皺が見られる。

 

この除去する仕組みの研究は、これまでマウスを用いて行われてきました。しかし、 研究でよく用いられるマウスの大脳はヒトの大脳に比べて小さく未発達であることから (図 2)、本研究グループは、ヒトの大脳に近い特徴を持つ高等哺乳動物フェレットの 大脳(図 2)を用いて独自の研究を行いました。

図2:マウス、フェレットとヒトの脳の比較
マウスの大脳には皺がないが、フェレットとヒトの大脳には皺が見られる。またマウスよりもフェレット、フェレットよりもヒトの脳は大きい(縮尺の違いに注意)。

研究成果

ヒトの大脳は多くの皺で覆われていますが(図1)、マウスの大脳は皺がないなど未発達な点があります(図2)。そこで今回、本研究グループは、大脳に多くの皺を持つ高等哺乳動物フェレットの大脳(図2)を用いて研究を進めました。過去のマウスを用いた研究の成果から、大脳の周囲にある脳脊髄液が大脳にしみ込み、老廃物を除去していると考えられていました。そこでフェレットの脳脊髄液に蛍光色素を注入し、脳脊髄液の流れを可視化したところ(図3)、下記の点を発見しました。

  1. 大脳での皺の存在が、老廃物を除去する効率を著しく高める。
  2. 大脳の皺には突出と陥凹があるが、特に陥凹部分が除去効率を上げるために重要である。
  3. 除去効率を上げるために必要な細胞や遺伝子も見つけた。

図3:脳脊髄液の流れの可視化
大脳の周囲には脳脊髄液があるが、この脳脊髄液が大脳にしみ込み、老廃物が除去されると考えられている。そこでマウスとフェレットの脳脊髄液に緑色の蛍光色素を注入し、脳脊髄液の大脳へのしみ込みを可視化したのちに、大脳の断面を顕微鏡で観察した。その結果、マウスでは大脳表面から一様に脳脊髄液がしみこむのに対して(左)、フェレットでは皺の溝の部分(矢印)から効率よく脳脊髄液がしみ込むことを発見した(右)。

 

以上より、老廃物やアミロイドβを効率よく除去するために、大脳に皺が存在するとも考えられます(図4)。言い換えると、大脳の皺はアルツハイマー病の発症を抑えるために重要であると考えられます。

 

図4:本研究のまとめ
大脳の断面図の模式図。大脳での皺の存在が、老廃物を除去する効率を著しく高めることを見いだした。皺の陥凹部分(緑色)に効率を高める仕組みがあることを発見した。

 

これまでの老廃物の除去に関する研究は、主にマウスを用いて行われてきましたが、マウスの大脳には皺が存在していないために、これまで見つかっていなかったと考えられます。大脳が発達したフェレットを用いた研究では、日本が世界をリードしており、そのアドバンテージを生かした独自の研究成果と言えます

研究の意義と今後の展望

今回、本研究グループは、大脳から老廃物を除去するための新たな仕組みを発見しました。ヒトの大脳も皺で覆われていることから(図2)、この仕組みは、ヒトの大脳でも存在する可能性が高いと考えられます。除去効率の低下がアルツハイマー病の発症につながると考えられていることから、本研究の成果はアルツハイマー病の発症機構の解明や予防法の確立に発展することが期待されます

 

The copyright for the thumbnail of this article belongs to the authors: © 2024, Narufumi Kameya et al.

用語解説

※1 大脳(図1)
脳の大部分を占める左右一対の塊。高次脳機能をつかさどっており、脳の中でも特に重要な部位。ヒトやフェレットなどの大脳は多くの皺で覆われていることが特徴。
※2 アミロイドβ
脳内で作られるタンパク質の一種。通常は分解・排出されるが、アルツハイマー病では脳内に蓄積している。このアミロイドβの脳内への蓄積がアルツハイマー病の発症につながると考えられている。
※3 フェレット
イタチに近縁の哺乳動物であり、ヒトに似た発達した大脳を持っていることが特徴。本研究室はフェレットを用いた脳の研究で世界をリードしている。

掲載論文情報

論文タイトル
Evolutionary changes leading to efficient glymphatic circulation in the mammalian brain (哺乳類の脳進化はグリンファ系の効率的な循環につながる)
著者
Narufumi Kameya#、 Itsuki Sakai#、 Kengo Saito、 Toshihide Hamabe-Horiike、 Yohei Shinmyo、 Mitsutoshi Nakada、 Satoru Okuda* and Hiroshi Kawasaki* (亀谷匠郁#、酒井伍希#、齋藤健吾、浜辺-堀池俊秀、新明洋平、中田光俊、奥田覚*、河﨑洋志*) 、#は共同筆頭著者、*は共同責任著者
掲載誌
Nature Communications
掲載日
2024.12.04
DOI
10.1038/s41467-024-54372-1
URL
https://www.nature.com/articles/s41467-024-54372-1

Funder

本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構「脳神経科学統合プログラム」(JP24wm0625001)、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究(23001)、科学技術振興機構「CREST」 (JPMJCR1921)、金沢大学超然プロジェクト、金沢大学先魁プロジェクト2018および武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団などの支援により得られたものです。