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掲載日:2024.08.26 Research Highlights

固液界面の3次元構造変化を観察できる高速3次元走査型力顕微鏡を開発!

鉱物の溶解過程に寄与する水の振る舞いの可視化に成功

金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の宮田一輝准教授,福間剛士教授,WPI-NanoLSI海外主任研究員/フィンランド・アールト大学応用物理学部のアダム・フォスター教授らによる共同研究グループは,従来の10倍以上の速度で固液界面(※1)構造を3次元かつサブナノスケール分解能で観察できる高速3次元走査型力顕微鏡(高速3D-SFM)を開発しました。これを用いて,水中で溶ける方解石(CaCO3,カルサイト)の表面とともに変化する界面の水の構造をサブナノスケールで観察することに成功しました。

固体と液体の境界となる空間(固液界面)は自然界の至る所に存在し,その界面の水は生物学,材料科学,地球科学などにおけるさまざまな現象で重要な役割を果たしています。例えば,地球科学の分野においては,鉱物の結晶成長・溶解過程に深く関与していることが知られています。このような現象の機構を原子・分子スケールで理解するためには,その界面の水の振る舞いを明らかにすることが望まれていますが,従来は直接観察できる計測技術がなく,その詳細はよく知られていませんでした。

今回,本研究グループでは,固液界面における水の振る舞いを3次元かつサブナノスケール分解能で観察できる高速3次元走査型力顕微鏡(High-speed 3D scanning force microscopy: 高速3D-SFM)を開発しました。この技術を用いて,カルサイトが水中で溶ける様子を観察し,溶解過程の中間状態として単分子ステップ(※2)に沿って形成される遷移領域(※3)上の水を捉えることに成功しました。さらにこの水の構造によって,遷移領域が安定的に形成されるメカニズムを明らかにしました。この高速3D-SFM技術は,カルサイトだけでなくさまざまな鉱物,有機分子,生体分子の結晶成長・溶解,自己組織化,さらには金属腐食や触媒反応といった固液界面現象に影響を与える界面の水の構造や振る舞いの観察を可能とするものであり,幅広い学術・産業分野での研究の進展に貢献することが期待されます。

本研究成果は,2024年8月26日午前1時(米国東部時間)に国際学術誌『Nano Letters』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

固体と液体の界面(固液界面)は自然界の至る所に存在し,その界面の水は生物学,材料科学,地球科学などのさまざまな現象で重要な役割を果たしています。このような現象の機構を原子・分子スケールで理解するために,その界面の水の振る舞いを明らかにすることが望まれていますが,従来は直接観察できる計測技術がなく,その詳細はよく知られていませんでした。

原子間力顕微鏡(AFM)(※4)は,このような問題を解決できる可能性がある計測技術であり,本研究グループではこれまでにもその高機能化に取り組んできました。例えば,液中において原子レベルの分解能で観察できる周波数変調原子間力顕微鏡(Frequency-Modulation AFM: FM-AFM)を高速化し,1秒/画像での計測を可能にしました。これにより,鉱物の一種であるカルサイトが水中で溶ける様子を観察し,単分子ステップ近傍における原子レベルの構造変化を直接観察することに成功しています。さらに,このステップに沿って幅数nmの遷移領域が,溶解の中間状態として形成されることを世界で初めて発見しました。しかしながら,この遷移領域が安定的に形成されるメカニズムは未だ不明なままです。界面の水の構造が遷移領域の安定化に寄与することを示唆する結果も得られていましたが,高速FM-AFMでの観察は2次元に限られており,3次元的な分布を持つ界面の水を議論することが困難でした。

その一方で,本研究グループは固液界面の3次元観察が可能な3次元走査型力顕微鏡(3D-SFM)を開発しました。これにより,鉱物結晶や生体分子,高分子材料といったさまざまな物質上の水の構造をサブナノスケールで可視化することに成功しましたが,従来の3D-SFMの計測速度が比較的遅いことから,固液界面の現象に応じて表面構造とともに変化する水の振る舞いを見ることができていませんでした。

研究成果の概要

本研究グループでは,これまでに培ってきたFM-AFMの高速化技術に着目し,これをもとに3D-SFMを高速化するための技術を開発しました。その結果,計測速度が従来の10倍以上改善され,最速1.6秒/3D画像まで高速化することに成功しました。この新たに開発した高速3D-SFMを用いて,水中におけるカルサイトを観察したところ,その溶解に応じて移動を続けるステップ端近傍に存在する遷移領域上の水を3D画像で可視化することに成功しました。この遷移領域の水の構造が,カルサイト表面の平坦部分(テラス)上の水とは全く異なる構造を有することも明らかにしました。

さらに,その構造の詳細や遷移領域の形成メカニズムを解明するために,古典的分子動力学法を用いたシミュレーションの結果と比較を行いました。本研究グループは,以前の研究において,遷移領域はカルサイトが溶解する過程で中間状態として形成される水酸化カルシウム(Ca(OH)2)膜である可能性が非常に高いことを報告していましたが,このモデルにより計算された水の構造の厚みと実験の結果が良く一致することが分かりました。この厚みはテラス上の水よりも大きく,実際のステップ近傍においては,溶解前のテラス上とこの遷移領域上では水の構造の高さが一致することが分かりました。この結果を踏まえ,本研究グループでは以下のような遷移領域形成モデルを提案しました。

  • 溶解前のテラス上と溶解過程の中間状態として現れるCa(OH)2上の水の構造が,水素結合ネットワークを形成する。
  • このネットワークが蓋のような役割をして,カルサイト表面からのCa(OH)2の脱離を阻害し,遷移領域を形成する。
  • ステップ端から遠くなるにしたがってネットワークの安定性が低下し,最終的にCa(OH)2脱離を阻害できなくなった距離が遷移領域の幅を決定する。

このように,本研究により,カルサイトの溶解機構の原子レベルでの理解を大きく進展させることができたことに加え,固液界面現象研究への高速3D-SFMの有用性を実証することができました。

今後の展開

本研究で計測したカルサイトは,地球上に豊富に存在する鉱物の一種であり,その溶解過程は地球規模の炭素循環,機構,地形,水性環境などに重大な影響を及ぼすことが知られています。本研究で得られたカルサイトの原子レベルでの理解は,これらの大規模かつ長期的に生じる現象の予測精度向上につながるものと期待されます。また,本研究で開発した高速3D-SFMは,カルサイトの溶解過程だけでなく,さまざまな鉱物,有機分子,生体分子の結晶成長・溶解,自己組織化,さらには金属腐食,触媒反応などの幅広い固液界面現象における水の振る舞いを可視化することができます。これまでこのような「液中観察」「サブナノスケール観察」「3次元観察」「高速観察」を全て達成できる手段がなかったため,この技術によりさまざまな固液界面現象の理解が進展するものと期待されます。また,将来的には,界面活性剤を用いる液体洗剤など日用品の高性能化や,半導体・金属材料の腐食防止・長寿命化といった,産業分野での研究開発の進展に貢献することが期待されます。

図1. (a)カルサイト結晶の写真。(b)水中におけるカルサイトの高速FM-AFM観察。カルサイトの溶解は,平行四辺形状の穴(ピット)が表面に形成され,その4辺のステップが広がっていくように溶けていく。(c)ステップ近傍を拡大して計測された高速FM-AFM像。原子スケールの構造とともに,ステップが動いている様子が捉えられている。ステップ近傍に,溶解過程の中間状態として形成される遷移領域が観察されている。(d)高速FM-AFM観察の結果をもとに作成したステップ近傍のモデル。

図2. (a)3D-SFMの観察原理。AFMの探針を水平・垂直方向に走査することで3次元空間における分布を観察できる。灰色の球は,探針を構成する原子1つ1つを表す。(b)溶解するカルサイト近傍の高速3D-SFM観察(5秒/3D画像)。テラスと遷移領域上の水の構造分布が得られており,両者で明らかに違う構造を有している。(c)さらに高速に観察した3次元画像(1.6秒/3D画像)。(d) テラスと遷移領域をまたぐように得た垂直断面像。それぞれの水の構造(暗いオレンジ色部分)の厚みが分かる。また,上テラスと遷移領域の上の水が同じ高さを有しており,(1)という横向き矢印部分は平らであるが,(2)の部分で階段状に下がっている。(1)の部分では水が水素結合ネットワークを形成していることを示唆している。(e)古典的分子動力学法を用いたシミュレーションの結果。上テラスと遷移領域の水が同じ高さであることを示している。

図3. 遷移領域の形成・安定化メカニズムのモデル。上テラスと遷移領域の上に層状の構造として形成される水(OxygenとHydrogenから成る)同士が水素結合で結びつき,ネットワークを形成している。このネットワークに阻害されるため,Ca(OH)2は表面から脱離しない。上テラスから距離が離れるにつれ,このネットワークの安定性が低下し,Ca(OH)2が脱離しようとするエネルギーがネットワーク安定化のエネルギーを上回った箇所において脱離し,カルサイトの溶解が起きる。脱離後の表面(下テラス)は上テラスと同じ構造を持ち,その水の構造も同じ厚みを持つため,これらよりも厚みのある遷移領域から見ると,水の高さが階段状に低くなる。

用語解説

※1 固液界面
固体と液体からなる界面の空間。特に固体の近傍においては,イオンの吸着や脱離,電子の移動,化学反応など,さまざまな物理化学的現象が生じる場として知られる。
※2 ステップ
結晶表面には,原子レベルで平坦なテラスと呼ばれる部分と,テラスの端部にあるステップと呼ばれる段差が見られる。また,結晶を構成する分子の1層分の高さを持つステップのことを単分子ステップと呼ぶ。
※3 遷移領域
カルサイトが水の中で溶解する際に,ステップ端に沿って形成する幅数ナノメートルの領域。以前の高速FM-AFM研究により初めて発見された。これまでの解析により,カルサイトが溶解する過程の中間状態として形成される水酸化カルシウム(Ca(OH)2)の層状構造である可能性が高く,その知見をもとに原子レベルでの溶解メカニズムを提案した。しかし,ステップ端の構造がCa(OH)2に変化した後,すぐに表面から脱離せず,層状構造を形成するまで表面に滞在している理由については明らかでなかった。
※4 原子間力顕微鏡(Atomic force microscopy: AFM)
先端が非常に鋭く尖った探針で観察対象をなぞることにより,その探針の動きから表面の凹凸を反映した画像を取得する顕微鏡。真空中・大気中・水中などのありとあらゆる環境下において原子・分子レベルの構造を捉えることが可能である。特に金沢大学ナノ生命科学の福間剛士教授が開発したFM-AFMは,液中において原子分解能観察が可能な唯一の技術である。

掲載論文情報

論文タイトル
High-Speed Atomic Force Microscopy Reveals Fluctuations and Dimer Splitting of the N-Terminal Domain of GluA2 Ionotropic Glutamate Receptor-Auxiliary Subunit Complex (高速3次元走査型力顕微鏡による溶解するカルサイトステップ端上の水和構造のサブナノスケール観察)
著者
Kazuki Miyata, Kosuke Adachi, Naoyuki Miyashita, Keisuke Miyazawa, Adam S. Foster, Takeshi Fukuma (宮田一輝,足立康輔,宮下尚之,宮澤佳甫,アダム・フォスター,福間剛士)
掲載誌
Nano Letters
掲載日
2024.08.26
DOI
10.1021/acs.nanolett.4c02368
URL
https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c02368

Funder

本研究は,文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI),日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:16H02111, 20H00345, 20H05212, 21H05251, 22H01954),科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(課題番号:JPMJPR23JC),三谷研究開発支援財団助成,新世代研究所ATI研究助成の支援を受けて実施されました。