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掲載日:2024.05.09 Research Highlights

ホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡 によって明らかになった個々のがん細胞に対する H2O2良性ストレスの影響

金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)のYanjun Zhang特任准教授,インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)のYuri Korchev教授,ナノ生命科学研究所/がん進展制御研究所の大島正伸教授らの共同研究グループは,ホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(HPICM)(※1)と高感度官能基化白金ナノ電極を利用し,大腸がん細胞株Caco-2細胞における細胞内外の過酸化水素(H2O2)勾配の変化を,単一細胞レベルでリアルタイムに計測することに成功しました。

活性酸素(ROS)産生は,アテローム性動脈硬化症,慢性閉塞性肺疾患,がんなど,さまざまな疾患の大きな要因となることが知られています。これまでの臨床研究では抗酸化療法が有望視されているにもかかわらず,実際の臨床試験では満足のいく結果が得られていませんでした。本研究では,安定なROS誘導体であるH2O2が,細胞に良い影響をもたらす良性ストレス(eustress)(※2)として生理的シグナル伝達に重要な役割を担っていることに注目しました。一方で,腫瘍細胞周辺におけるH2O2濃度は,大腸がんの発生と進行にも密接に関連しています。このたび,本研究グループは、HPICMと高感度官能基化白金ナノ電極を利用し,H2O2良性ストレス下における個々のCaco-2細胞の細胞形態,細胞力学的特性,細胞外から細胞内へのH2O2濃度勾配の変化を定量的に評価しました。

本研究によって得られた知見は,今後,がんやH2O2関連炎症性疾患を標的とした革新的な治療法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は,2024年4月3日,国際学術誌『Science Bulletin』のオンライン版に掲載されました。

研究の概要と成果

本研究では,ホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(HPICM)と官能基化白金ナノ電極を併用して,H2O2良性ストレス下における個々のCaco-2細胞の細胞形態,細胞力学的特性,細胞外から細胞内へのH2O2濃度勾配の変化を定量的に評価しました。その結果,0.1mmol/Lまたは1mmol/LのH2O2良性ストレスに暴露すると,細胞外-細胞内H2O2濃度勾配がそれぞれ0.3から1.91または3.04に増加することが明らかになりました。また,0.1mmol H2O2の良性ストレス下では、F-アクチンに依存した細胞硬化が増加しましたが,1mmol H2O2の良性ストレス下では逆に減少が見られました。さらに,良性ストレス誘発性細胞硬化はAKT活性化によって増加し,H2O2消去酵素GPX2の発現により低下することで,最終的に細胞内のH2O2レベルは比較的安定に維持されることが明らかになりました。

これらの結果は,低レベルのH2O2によって誘導される良性ストレスが,いくつかのH2O2標的療法の失敗に寄与している可能性を示唆しています。本研究で得られた結果は,がん細胞の抗酸化防御における細胞の物理的特性と生化学的シグナル伝達の間の新しい相互作用を明らかにしました。さらに,単一細胞レベルでのH2O2良性ストレスの活用に光を当てるものであり,がんの発生やその他のH2O2関連炎症性疾患を理解する上で極めて重要と言えます。また、H2O2良性ストレス存在下でGPXを阻害すると,細胞毒性を示すことから,大腸がん治療が強化される可能性も示唆されています。これらの知見により,今後,がんやH2O2関連炎症性疾患を標的とした革新的な治療法の開発につながることが期待されます。

© 2024 Science China Press. Published by Elsevier B.V. and Science China Press

 

用語解説

※1 ホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡 (HPICM)
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM)の原理は、電解質を含むナノピペットを流れるイオン電流をモニターすることにあります。ナノピペットの高さを調節し、サンプル表面上を走査するイオン電流を一定に保つことで、サンプルのトポグラフィをマッピングすることができます。サンプル表面への近接は、イオン電流の流れに測定可能な影響を与えるため、ナノピペットがサンプルに接触する前にナノピペットを引き抜くフィードバック制御が可能であり、生きた生体標本の非接触イメージングに有用です。
本研究では、SICMをホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(HPICM)と名付けたホッピングプローブモードで使用すると、ナノピペットが常に試料に接近・離反することで、特に試料表面が平坦でない場合、試料損傷の可能性をさらに低減します。著者らは、このHPICMによって、細胞の力学的特性と個々のがん細胞の地形的形態のダイナミックな変化をリアルタイムで検出できることを実証しました。
※2 良性ストレス(eustress)
生体内で産生される活性酸素は,過剰に産生されることで体内の抗酸化防御機構のバランスが崩れると,酸化ストレスとなり健康状態の悪化に関連すると言われています。一方,白血球から産生される活性酸素(過酸化水素(H2O2)等)は,体内の免疫機能や感染防御の重要な役割を担っていることが分かってきました。このような酸化ストレスは「良性ストレス」とされています。

掲載論文情報

論文タイトル
Exploration of individual colorectal cancer cell responses to H2O2 eustress using hopping probe scanning ion conductance microscopy (ホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡を用いたH2O2ストレスに対する個々の大腸がん細胞の応答の探索)
著者
Dong Wang, Emily Woodcock, Xi Yang, Hiromi Nishikawa, Elena V Sviderskaya, Masanobu Oshima, Christopher Edwards, Yanjun Zhang, and Yuri Korchev
掲載誌
Science Bulletin
掲載日
2024.04.03
DOI
10.1016/j.scib.2024.04.004
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2095927324002226?via%3Dihub

Funder

この研究成果は,文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI),日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(B)(Korchev,21H01770),基盤研究(C)(Zhang,22K04890)の支援を受けて実施されました。