がんの進行に関連するRNA編集酵素ADAR1を検出するための電気化学バイオセンサーを開発
金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)のマドゥ・ビヤニ特任助教,中島美紀教授らの研究グループは,複数の疾患に関連する特定の生体分子を検出するための新しいアプローチを Biosensors & Bioelectronics 誌オンライン版に発表しました。 この結果は,良好な感度と選択性を示しており,がんの予後診断に有用な,低コストで迅速な検出装置の開発につながる可能性があります。
ヒトの病気は多くの場合,DNAの転写に異常が生じたために引き起こされます。転写とは,DNAの一部(「遺伝暗号(genetic code)」)をRNAにコピーすることを指し,RNAは暗号化された情報をタンパク質に変換するために必要です。 RNAは人体で起こるさまざまな生化学的プロセスにおいて重要な役割を果たします。 アデノシン-イノシン編集は,アデノシン(4つのRNA構成要素のひとつ)が化学的に修飾され,イノシンに変化するものです。 この修飾は,ADAR(RNAに作用するアデノシンデアミナーゼ)と呼ばれる酵素によって促進されます。 ヒトでは3種類のADARが同定されています。 そのうちのひとつADAR1は,神経疾患やがんを含むいくつかの疾患で、より多く発現していることが判明しています。 したがって,ADAR1は,患者の病態や生存の可能性を評価するためのバイオマーカー,すなわち 「指標分子(signature molecule)」と考えられます。 本研究においてビヤニ特任助教らは,ADAR1を検出する新しい電気化学バイオセンサー(※1)を開発し,細胞内のADAR1濃度を低コストで迅速に測定するツールを提供することに成功しました。 このセンサーは,がん進行のモニタリングに役立つと期待されます。
ビヤニ特任助教らが開発した方法は,2つの点で新しいと言えます。 第一の新規性は,ADAR1を認識・捕捉する分子として,新たに同定されたアプタマーを用いる点です。 アプタマーとは,特定の標的分子(この場合はADAR1)に結合するDNA,RNA,その他の生体分子の配列からなる分子です。第二の新規性は,フィールド展開可能な電気化学センサーDEPSOR(バイオシーズ株式会社)を使用することにあります。
最適なアプタマー,つまりADAR1と最も化学的に結合しやすいアプタマーを見つけるために,大量のDNA配列をスクリーニングし,15種のアプタマー候補に絞り込みました。 ADAR1の量は,電流を生じる化学反応によって「感知」され、簡単に検出できます。サンプル中のADAR1の量が多ければ多いほど,電流は高くなります。
最も高い電気化学的電流をもたらしたアプタマー候補Apt38483について,さらに検証を進めたところ,陰性対照タンパク質に対する電気化学反応は非常に低く,感度と選択性の両面で最適なアプタマーであることを確認しました。 次に著者らは,細胞ライゼートにApt38483を加えた段階希釈サンプルでテストした結果,625倍に希釈したサンプルでもADAR1が検出され,このデバイスの感度の高さが示されました。
ビヤニ特任助教らが開発した細胞サンプル中のADAR1を検出する電気化学バイオセンサーは,臨床サンプルを用いてがん進行をモニターするための有望なプラットフォームです。論文中で著者らは、「ADAR1発現レベルが低いがん細胞株から高いがん細胞株までを用いて評価することで,このシステムが臨床予後診断に有益であることを示せるだろう」と述べています。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- A novel aptamer-antibody sandwich electrochemical sensor for detecting ADAR1 in complex biological samples (複雑な生体試料中のADAR1を検出するための新規アプタマー-抗体サンドイッチ電気化学センサー)
- 著者
- Madhu Biyani, Kirti Sharma, Maeda Shoei, Hinako Akashi, Masataka Nakano, Miki Nakajima, and Manish Biyani
- 掲載誌
- Biosensors and Bioelectronics
- 掲載日
- 2024.05.19
- DOI
- 10.1016/j.biosx.2024.100491
- URL
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2590137024000554?via%3Dihub
金沢大学のマドゥ・ビヤニ教授らは今回,がんの進行に関連するRNA編集酵素ADAR1を検出するための電気化学バイオセンサーを開発した。 研究チームは,特定の生体分子を最適なバイオレセプターとして同定し,ADAR1に対して良好な感度と選択性を示した。 開発されたデバイスは,がん進行のモニタリングに役立つことが期待される。