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掲載日:2024.07.02 Research Highlights

3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)の イメージング機構の解明に成功!

金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻博士後期課程学生のモハマド・シャヒダル・アラム,ナノ生命科学研究所の福間剛士教授,炭竈享司特任助教(さきがけ研究者:研究当時),スイス連邦工科大学ローザンヌ校のマルコス・ペネド研究員らの共同研究グループは,3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)(※1)による基板に直接支持されていない立体構造のイメージング機構の解明に成功しました。
近年,生体分子等の柔軟な分子の3D-AFMを用いた計測が広く行われるようになってきています。しかし,そのイメージング機構は十分に理解されておらず,その解明が強く望まれていました。本研究では,3D-AFMを用いて白金の柱の間に吊り下げた1本のカーボンナノチューブ繊維のイメージングを行い,シミュレーション結果と比較しました。これにより柔軟な分子の構造を3D-AFMにより確かに可視化できることが実証され,イメージング機構の解明につながりました。これらの知見に基づき,3D-AFMによる細胞内の小器官や染色体などのさまざまな3次元構造の解明が期待されます

本研究成果は,2024年6月21日に国際学術誌『Small Methods』に掲載されました。

研究の背景

これまで,理論モデルの開発や実験とシミュレーションの比較により,3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)による硬い基板上や細胞膜やタンパク質,DNA等の柔らかい生体分子上の水の分子構造のイメージング機構が解明されてきました。水分子は,AFMの探針の走査速度よりはるかに速く移動するため,系は平衡状態にあると考えてよく,イメージング機構は平衡状態の統計力学に基づいて理解できることが示されました。しかし,脂質分子やアクチン繊維等の柔軟な分子構造の3D-AFM計測は,近年広く行われているものの,そのイメージング機構の解明は十分には行われていませんでした。特に,これらの柔軟な分子の動きは探針の走査速度と同等か遅い場合もあり,従来のイメージング機構とは異なると考えられます。したがって,そのような柔軟な分子のイメージング機構の解明は急務となっていました。

研究成果の概要

本研究では,柔軟な分子としてカーボンナノチューブ(CNT)繊維を用いました。まず,FIB-SEM(※2)の中で白金の柱の間に1本のCNT繊維を吊り下げた3次元構造を作製する手法を開発しました(図. 左)。作製した3次元構造について,異なるAFM計測モード(スタティックおよびダイナミックモード)を用いた3D-AFMイメージングを行って最適な計測条件を調べ,そのような柔軟な分子の構造が可視化できることを実証しました。特に,ダイナミックモードの場合,探針とCNT繊維の間の吸着が大きく減少することで,柔軟な分子の3次元構造を再構築した画像が容易に取得できることを解明しました(図. 右)。

図:白金の柱の間に吊り下げたCNT繊維の電子顕微鏡像(左)と3D-AFM像(右)

また,実験と同じ系,同じ計測条件でのシミュレーションを可能とする計算手法を開発しました。シミュレーションの結果は実験結果とよく一致しており,探針がCNTに近づく時,探針は柔軟なCNT繊維を押しのけながらイメージングすること,探針がCNTに近づいた後では探針はCNT繊維を引きずりながらイメージングし,それが3D-AFM像として解像されることを明らかにしました。CNT繊維を押しのけたり引きずったりする動きは平衡状態ではなく,従来のイメージング機構とは異なるものです。

このように,実験とシミュレーションの比較により,柔軟な構造のイメージング機構を解明しました。

今後の展開

本研究により,3D-AFMを用いた柔軟な分子のイメージングの理論的基盤が確立されました。その結果,3D-AFMの適用範囲は大幅に拡張できることが明らかになり,従来のような水分子の構造の計測に留まらず,柔軟な生体分子にも確かに適用できることが分かりました。今後は明らかになっていない細胞内の分子構造,例えば細胞小器官や染色体等の3次元構造の3D-AFMによる解明の進展が期待されます。

用語解説

※1 3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)
原子間力顕微鏡の探針を3次元的に動かし,その間に探針が感じる力を計測してその空間分布をマッピングする。これによって,溶液内の3次元構造内部をナノスケールの分解能で観察できる顕微鏡である。
※2 FIB-SEM
FIB-SEMは,イオンビームにより試料を切削加工できるFIB(Focused Ion Beam: 集束イオンビーム)加工装置と,電子線により試料の形状を観察できるSEM(scanning electron microscope: 走査型電子顕微鏡)を複合させた装置である。

掲載論文情報

論文タイトル
Revealing the Mechanism Underlying 3D-AFM Imaging of Suspended Structures by Experiments and Simulations (実験とシミュレーションによる宙吊りにされた構造の3次元原子間力顕微鏡を用いたイメージング機構の解明)
著者
Mohammad Shahidul Alam, Marcos Penedo, Takashi Sumikama, Keisuke Miyazawa, Kaori Hirahara, Takeshi Fukuma (モハマド・シャヒダル・アラム, マルコス・ペネド, 炭竈享司, 宮澤佳甫, 平原佳織, 福間剛士)
掲載誌
Small Methods
掲載日
2024.06.21
DOI
10.1002/smtd.202400287
URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smtd.202400287

Funder

本研究は,文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI),日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:21H05251,20H00345、研究代表者:福間 剛士),科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」研究領域(研究総括:塩見 春彦)における研究課題「シミュレーションによる染色体の動態解明と実測との比較」(課題番号:JPMJPR20K6,研究者:炭竈 享司)および分子科学研究所の計算機センターの支援を受けて実施されました。