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掲載日:2024.05.13 Research Highlights

棒状粒子は、球状粒子に比べマクロファージ捕捉を回避できる

金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の古寺 哲幸教授は,信州大学学術研究院繊維学系の西村 智貴助教(JST創発研究者),信州大学大学院総合理工学研究科繊維学専攻の坂本 悠輔大学院生,福島 丈吉大学院生,北九州市立大学の藤井 翔太特任講師,高野 心大学院生,京都大学医生物学研究所の安藤 満助教らとの共同研究で,ナノ粒子(※1)アスペクト比(※2)の僅かな違いがマクロファージ(※3)の取り込み量に影響を与えることを明らかにしました。

マクロファージは免疫細胞の一種で,死滅細胞や異物を排除する機能を担っています。例えば、くすりを疾患部位に届ける薬物運搬体(※4)を体内に投与しても,マクロファージに捕捉されてしまい,その多くが目的の部位に到達しないことが知られていました。マクロファージの捕捉は,捕捉される粒子の形に依存することが報告されていましたが,具体的にどの形状がマクロファージからの捕捉を逃れやすいかという知見はありませんでした。そこで,共同研究グループは,両親媒性グラフトポリマー(※5)自己組織化(※6)を用いて異なるアスペクト比のナノ粒子を作製し,マクロファージに対する取り込みを調べたところ,アスペクト比1の球状粒子は容易に取り込まれるのに対し,アスペクト比2程度の棒状粒子が最も取り込まれにくいことが明らかになりました(図1)。また,この棒状粒子は球状粒子に比べて血中でより長く留まることも明らかになりました。この結果は,薬物運搬体の新たな設計指針になると期待されます。

本研究成果は,2024年4月25日(米国東部時間)に国際学術誌『Nano Letters』のオンライン版に掲載されました。

図1. マクロファージが球状粒子を取り込む様子の概念図

研究の背景

ナノ粒子などからなる薬物運搬体を体内に投与すると,その多くはマクロファージに捕捉されます。これにより目的の疾患部位への到達量が減少することで,治療効果が低下します。このことを抑制するために,薬物運搬体の界面制御などを行い,マクロファージからの捕捉を抑制する試みが行われています。しかし,依然として目的の疾患部位に集積する量は限られています。マクロファージからの捕捉は,ナノ粒子の界面物性だけではなく,ナノ粒子の形・サイズも影響を与えると言われています。しかし,実際にはどのような構造が免疫細胞からの捕捉を逃れやすいかという知見は明らかになっていませんでした。これはナノ粒子の表面物性を揃えつつ,構造を変えることが困難であることに起因していました。

研究手法・成果

本研究では,表面物性を揃えつつ様々な構造・サイズのナノ粒子の作製法を構築するために,両親媒性グラフトポリマーの自己組織化に着目しました。これまでに本研究グループでは,グラフトポリマーの自己組織化を用いることで,サイズや形が均一なナノ粒子を得ることができることを見出していました。今回,本手法を応用して,グラフトポリマーの親水性主鎖の分子量を制御することで,同一の表面物性の球状ミセルと棒状ミセルの作り分けに成功しました(図2a)。また,ポリマー濃度を変えるだけで容易に棒状ミセルの長さを制御できることを見出しました(図2b)。さらに,高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いてその成長の過程も明らかにしました(図2c)。

図2. a)グラフトポリマー自己組織化による球状粒子と棒状粒子の作り分け,b)棒状粒子のサイズ制御,c)高速AFMによる棒状粒子の成長過程の追跡

次に,得られた球状ミセルおよび種々の長さの棒状ミセルのマウスマクロファージによる取り込み挙動を調べました。その結果,すべての棒状ミセルは球状ミセルよりも取り込まれにくいこと,アスペクト比が2程度の棒状ミセルが最も取り込まれにくいことが明らかになりました(図3)。この要因として,球状ミセルは,棒状ミセルに比べマクロファージに取り込まれる際の膜変形が小さいために,容易に取り込まれやすいことなどが考えられます。最後に,球状ミセルおよび種々の長さの棒状ミセルのマウスでの血中滞留性を評価しました。その結果,血中滞留性は,マクロファージからの捕捉されやすさと相関していることがわかりました。特にアスペクト比2程度の棒状ミセルの血中滞留性は,球状ミセルの約3倍以上であることが判明しました。

図3. ナノ粒子のアスペクト比の違いがマクロファージの取り込み量に与える影響

今後の展開

本研究では,同一表面物性で異なる構造・サイズのナノ粒子の作製法を開発し,得られた粒子からマクロファージから捕捉を受けにくいナノ粒子の形状を明らかにすることに成功しました。この知見は,マクロファージからの捕捉を逃れ,目的の部位に効率的に送達できる薬物運搬体の設計指針につながります。また,球状粒子は,マクロファージに取り込まれやすいことから,マクロファージをターゲットとする運搬体の設計指針にもなると考えられます。今後は,マクロファージによるナノ粒子の取り込み挙動の動的な観察などを行い,詳細な取り込みメカニズムの把握を行いつつ,さらに,他のポリマー粒子においても同様の結果が得られるかを検証し,一般性を確認していきます。

用語解説

※1 ナノ粒子
一辺の長さが1から100ナノメートルの範囲の微小な粒子。
※2 アスペクト比
形状の縦横比を示す数値。ここでは,ナノ粒子の長さと幅の比率を表しています。
※3 マクロファージ
免疫系の細胞の一種で,体内の異物や死んだ細胞を取り除く役割を持っています。
※4 薬物運搬体
薬物を生体内で特定の部位へ効果的に運ぶために使用される材料。
※5 両親媒性グラフトポリマー
親水性高分子からなる主鎖に疎水性高分子を側鎖として導入した高分子。
※6 自己組織化
分子が自発的に規則的な構造やパターンを形成する現象。

掲載論文情報

論文タイトル
Manipulation of Macrophage Uptake by Controlling the Aspect Ratio of Graft Copolymer Micelles
著者
Yusuke Sakamoto, Shota Fujii, Shin Takano, Jokichi Fukushima, Mitsuru Ando, Noriyuki Kodera, and Tomoki Nishimura*
掲載誌
Nano Letters
掲載日
2024.04.25
DOI
10.1021/acs.nanolett.4c01054
URL
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.nanolett.4c01054

Funder

本研究は,科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR201P),日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金(22H02140, 22K19057),文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI),金沢大学がん進展制御研究所,文部科学省特色ある共同研究拠点推進事業(JPMXP062146794)における共同研究などの支援を受けて実施されました。