辛み受容体TRPV1の高速原子間力顕微鏡による 構造揺らぎの解析に成功!
金沢大学ナノ生命科学研究所/新学術創成研究機構の角野歩助教,中国・復旦大学生命科学学院の服部素之教授らの共同研究グループは,辛みや熱の受容体であるTRPV1(※1)チャネルの活性化に伴う構造揺らぎの変化を高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(※2)で一分子計測することに成功しました。
TRPV1は,43℃以上の熱やトウガラシに含まれるカプサイシンなどの辛み成分の受容体です。TRPV1の活性化の際の構造的な揺らぎの変化が活性化の調節に重要である可能性が理論的研究により示唆されていましたが,これまでTRPV1の揺らぎを実験により直接可視化することはできておらず、この受容体の詳細な動作機構に関しては不明点が残されていました。
本研究では,高速AFMにより,レシニフェラトキシン(RTX:作動剤,カプサイシンの1000倍の辛さ)とカプサゼピン(CPZ:拮抗剤)が結合した際,また,それらが結合していない場合のTRPV1チャネルの1分子構造揺らぎを,高速AFMを用いることにより,直接可視化することに成功しました。何も結合していない状態に比べて,RTXが結合すると構造揺らぎが増強され,一方でCPZが結合すると揺らぎが抑制されることがわかりました。このような活性化状態に関連した構造揺らぎの変化は,TRPV1の動作に重要な役割を果たすと考えられます。これらの知見は将来,辛みや熱の知覚の生理現象分子メカニズムの解明や,その情報をもとにした鎮痛剤の開発に活用されることが期待されます。
本研究成果は,2023年5月8日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』に掲載されました。
研究の背景
細胞膜に存在するTRPV1は,43℃以上の熱やトウガラシに含まれるカプサイシンなどの辛み成分の受容体です。TRPV1がこれらの刺激に応答して細胞膜に陽イオンの通路を開けることで,辛い,熱い,といった痛み感覚を引き起こします。この機能により,生物は熱いものから逃げたり,有害な刺激物を避けたりすることができます。1997年にこの受容体を発見したDavid Julius博士は,この功績によって2021年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。しかし,この受容体の詳細な動作機構に関しては不明な点が残されていました。これまでに,TRPV1の活性化の際に熱容量が増加することが温度感受性の分子基盤である,という熱容量変化モデルが2011年に提案され,実験的に支持されてきました。しかし,本当にTRPV1の活性化状態に伴い熱容量が変化するのか,また,辛み成分の感受性についても同様の原理が適用されるのかは不明でした。また,理論的には,熱容量はエンタルピーの揺らぎに比例するため,TRPV1の熱容量変化には構造的な揺らぎが関係していると予想されますが,これまでTRPV1の揺らぎを直接可視化することはできませんでした。
研究成果の概要
本研究では,高速AFMにより,レシニフェラトキシン(RTX:作動剤,カプサイシンの1000倍の辛さ)とカプサゼピン(CPZ:拮抗剤)が結合した際のTRPV1チャネルの1分子構造揺らぎを直接可視化することに成功しました。単離精製したTRPV1を,細胞膜環境を模倣した脂質二分子膜中へ埋め込み,観察溶液中にRTXやCPZを添加してTRPV1の表面構造の時間変化を観測しました(図左)。TRPV1は4量体を形成するため,四つ葉のクローバーのような形が多数観測されました(図右)。また,この構造は時間とともに少しずつ変形しながら揺らいでいました。4つの粒子の位置の変動を詳細に解析すると,何も結合していない状態のTRPV1の構造揺らぎに比べて,RTXが結合すると構造揺らぎが増強され,一方でCPZが結合すると揺らぎが抑制されることがわかりました。この活性化状態に関連した構造揺らぎの変化は今回の研究で初めて可視化されたものであり,TRPV1の開閉に重要な役割を果たすと考えられます。
今後の展開
本研究で得られた知見は将来,辛みや熱の感覚が生まれる分子メカニズムの解明や,その情報をもとにした鎮痛剤の開発に活用されることが期待されます。
金沢大学プレスリリース
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Antithetic effects of agonists and antagonists on the structural fluctuations of TRPV1 channel (TRPV1チャネルの構造揺らぎに対する作動剤と拮抗剤の対極的効果)
- 著者
- Ayumi Sumino,*+ Yimeng Zhao, + Daichi Mukai, Takashi Sumikama, Leonardo Puppulin, Motoyuki Hattori,* Mikihiro Shibata + Equal contributors * Corresponding authors (角野 歩,趙 一夢,向 大地,炭竈 享司,レオナルド・プップリン,服部 素之,柴田 幹大)
- 掲載誌
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
- 掲載日
- 2023.05.08
- DOI
- 10.1073/pnas.2301013120
- URL
- https://doi.org/10.1073/pnas.2301013120