生物学の常識を覆す イオン挙動の新メカニズムを解明
福井大学高エネルギー医学研究センター老木 成稔特命教授、金沢大学ナノ生命科学研究所の炭竈 享司特任助教、福井大学医学部の研究グループは、生体膜にある「カリウムチャネル」を通るイオン挙動を実験とシミュレーションによって明らかにしました。これまで生物学の教科書では、カリウムチャネルでは殆どナトリウムイオンを透過しないと説明されてきましたが、この常識を覆す成果が得られました。世界で初めて、カリウムチャネルの中をナトリウムイオンが流れる所を捉え、その仕組みを解明しました。
本研究成果は2021年3月23日(米国東部時間)米国科学アカデミー紀要「PNAS」に掲載されました。
本研究成果のポイント
- 生物学の教科書では、カリウムチャネルにおいて、カリウムイオンはナトリウムイオンの10000倍流れやすく、ナトリウムイオンは殆ど通らないと説明されてきました。本研究により、カリウムチャネルを流れるナトリウムイオンの流れを世界で初めて測定することに成功し、その透過性はカリウムイオンの80分の1であることがわかりました。カリウムチャネルの選択性が過大評価されていたことが明らかになりました。
- カリウムチャネルには細い穴があり、この経路をカリウムイオンは直線的に流れるのに対し、カリウムイオンより小さなナトリウムイオンは経路の途中で細い穴の壁に近づいて引っかかりながら流れていることがコンピュータシミュレーションにより分かりました。
- 「チャネルの穴をカリウムイオンより小さなナトリウムイオンがなぜ通りにくいか」、という数10年にわたる難問に対してそのメカニズムを世界で初めて解明しました。
研究の背景と経緯
現在、医療現場で使用されている心電図などは、イオンの流れを心拍の信号として計測することで、心疾患などを検査しています。これらのイオンは生体膜にある「イオンチャネル」と言われるタンパク質を通って細胞内外を出入りしています。チャネルには中心を貫通する穴があり、イオンは高速で流れます。チャネルがどのイオンを通すかというのは「イオン選択性」と呼ばれており、チャネルの機能はイオン選択性によって決まります。どのようにして特定のイオンを選択するのか、これはチャネルの仕組みを考える上で最も重要な課題で、何十年にもわたって研究されてきました。特に難問は、カリウムチャネルではカリウムイオンより小さなナトリウムイオンを通さないことです。この不思議な仕組みを解明することが長年の課題でした。
本学老木成稔教授、金沢大学炭竈享司特任助教の研究グループはチャネルが生体内に存在する多種類のイオンの中から、特定のイオンを通すときにどのようなメカニズムが働くのか、どのように流れるのかについて長年研究を進めてきました。
研究の内容
研究グループはカリウムチャネルを人工細胞膜に組み込み、「カリウムチャネルは本当にナトリウムイオンを流さないのか」、という課題に挑戦しました。この実験結果を分子科学研究所のスーパーコンピュータによるシミュレーションで再現し、さまざまな解析を通してナトリウムがどのような仕組みで流れるかを解明しました。
研究の成果
実験によりナトリウムイオンが流れている証拠を見つけ、さらに実際に流れているところを世界で初めて観察することに成功しました。これまで生物学の教科書では、カリウムチャネルにおいて、ナトリウムイオンはカリウムイオンの10000分の1しか流れないとされてきましたが、実際には80分の1も流れているという、常識を覆すものとなりました。シミュレーションではカリウムイオンは穴の中心を速やかに流れていくのに対し、サイズの小さいナトリウムイオンは経路の途中で狭い脇道に何度も引っ掛かりながらゆっくりと流れることが分かりました。
従来、選択性の仕組みはカリウムイオンが穴に強く結合することでナトリウムイオンを排除するためであると解釈されてきましたが、実験がその仮説を反証し、新しいメカニズムを解明しました。
今後の展開
これらの研究は、今後、世界中で何百万にもの人々に影響を与えるとされる「チャネル病」に対し、どのようなイオンチャネルの障害が影響しているのかなど、医学研究に新しい見地を見出す可能性を示しました。
チャネルの選択性で最も難しい仕組みを明らかにすることができ、他のチャネルの選択性の解明に繋げられます。
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Conductance selectivity of Na+ across the K+ channel via Na+ trapped in a Ttrtuous Trajectory (カリウムチャネルのナトリウム選択性はナトリウムが曲がりくねった経路に引っかかることによる)
- 著者
- Kenichiro Mita, Takashi Sumikama, Masayuki Iwamoto, Yuka Matsuki,Kenji Shigemi, Shigetoshi Oiki.
三田 建一郎 福井大学大学院医学系研究科 特任助教(現:京都第二赤十字病院 麻酔科 医長)
炭竈 享司 金沢大学ナノ生命科学研究所特任助教(さきがけ研究員 )
岩本 真幸 福井大学医学部 生命情報医科学講座 分子神経科学 教授
松木 悠佳 福井大学医学部 器官制御医学講座 麻酔・蘇生学 助教
重見 研司 福井大学医学部 器官制御医学講座 麻酔・蘇生学 教授
老木 成稔 福井大学高エネルギー医学研究センター 特命教授 - 掲載誌
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
- 掲載日
- 2021.03.23
- DOI
- doi.org/10.1073/pnas.2017168118
- URL
- https://www.pnas.org/content/118/12/e2017168118
Funder
なお,本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(19K22382および20H00497)の支援を受けて実施しました。
シミュレーションは,自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センターのスーパーコンピュータを用いて行われました。
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