パーキンソン病の原因タンパク質「αシヌクレイン」の 同種間・異種間アミロイド凝集の直接観察に成功!
研究の背景
アミロイドタンパク質の単量体は,特定の立体構造を形成しない領域(天然変性領域)を持ち,アミロイド線維を形成する過程で,この領域の立体構造を変えることが知られています。この凝集過程は,周囲の物理化学的環境(イオン種と濃度,pHなど)によって影響を受け,一種類のアミロイドタンパク質でも多様な立体構造のアミロイド線維(構造多型)が形成されます。各構造型のアミロイド線維は単量体を取り込んで自身と同じ型の立体構造に変換する自己鋳型複製能を持ち,アミロイド線維のこの性質が個別の症状の拡大・伝播に関連するとされています。
一方,体内にはさまざまな物理化学的環境があります。細胞質は中性付近であるのに対し,細胞内小胞は弱酸性です。酸化ストレスを受けると細胞内は酸性に傾きます。これらのさまざまな部位にパーキンソン病の原因タンパク質αシヌクレインが存在し,さらに,アミノ酸配列が一部異なるバリアントも存在します。
このような状況から,アミロイド線維の構造の形成過程の解明が求められていますが,一つ一つの線維の立体構造の形成過程を観察する高空間分解能かつ高時間分解能の解明を要するため,これまで明らかにされていませんでした。
研究成果の概要
本研究では,多様な物理化学環境とアミノ酸配列バリアントのモデルとして,パーキンソン病の原因タンパク質αシヌクレインの野生型,家族性パーキンソン病変異型のアミロイド線維を,中性および弱酸性条件で調製し,線維調製条件と同じまたは異なる単量体αシヌクレインを取り込む様子を高速原子間力顕微鏡で観察しました。
その結果,線維調製条件と同じ単量体を取り込ませたときと比べて,異種の単量体を取り込む線維伸長では,元の線維と同じ構造で伸長するものの,伸長速度が遅くなったり,早くなったり,あるいは全く伸長しなかったりすることが分かりました(図1)。さらに,元の線維と異なる構造で伸長することがあることも明らかになりました(図1)。
以上の結果から,個体内でさまざまな線維の元が形成され,その中の立体構造が安定して伸長速度の速い構造型が選択されていくものと考えられます。
今後の展開
アミロイド線維の伸長は,他のアミロイドタンパク質でも共通する特徴が多く,本研究は,パーキンソン病やレビー小体型認知症に限らず,アルツハイマー病,プリオン病,2型糖尿病など他のアミロイド形成を特徴とする疾患の分子メカニズム解明にも貢献し得るものです。また,アミロイド線維伸長に積極的に介入する新薬の開発も期待されます。
左:模式図。元の線維が形成されたときの単量体と同じ単量体を取り込むとき(セルフシーディング),単量体は線維を鋳型として構造変化して線維端に結合し,線維が伸長する。元の線維が形成されたときの単量体と異なる種類の単量体を取り込むとき(クロスシーディング),セルフシーディングと比べて,伸長速度が減速,加速したり,伸長反応が停止したりする。さらに,元の線維と異なる構造で伸長することがある。
右:高速AFM像のキモグラフ(色の明るさはステージからの高さに相当)。αシヌクレインアミロイド線維は基本的には一方向に伸長した(図中の線維下端は伸長しにくく,上端が伸長)。各時間の上端を結ぶ直線の傾きが伸長速度に相当し,クロスシーディングでは伸長が減速あるいは停止した様子が分かる。さらに,元の線維とは異なる構造(図中*で示す部分)で伸長することがあることも明らかになった。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Self- and Cross-Seeding on α-Synuclein Fibril Growth Kinetics and Structure Observed by High-Speed Atomic Force Microscopy(αシヌクレインの異種・同種シーディング線維伸長の構造動態の高速原子間力顕微鏡観察)
- 著者
- Takahiro Watanabe-Nakayama, Maika Nawa, Hiroki Konno, Noriyuki Kodera, Toshio Ando, David B Teplow, and Kenjiro Ono (中山隆宏*,名和真衣佳,紺野宏記,古寺哲幸,安藤敏夫,デービッド・B・テプロフ,小野賢二郎*)(*共同責任著者)
- 掲載誌
- ACS Nano
- 掲載日
- 2020.07.17
- DOI
- 10.1021/acsnano.0c03074
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