大腸がん転移を誘導するp53遺伝子の変異を発見
- ヒトの大腸がん肝転移を再現するモデルを開発し,p53の機能欠損とGOF型変異の双方の組み合わせが転移巣形成を誘導することを明らかにした。
- 本研究成果は,変異型 p53機能を抑えることでがん転移を抑制する可能性を示しており,新しい大腸がんの転移予防・治療薬の開発に活用されることが期待される。
研究の背景
がんは遺伝子の病気と言われるように,遺伝子変異の蓄積が原因となって発生します。その中でもがん細胞増殖を抑制する p53 遺伝子は,多くのがんで変異が認められる重要な「がん抑制遺伝子(※1)」として知られています。一方で,遺伝子変異によりアミノ酸配列が変化した変異型 p53 は,新規に発がん促進機能を獲得していることが知られており,Gain-of-Function(GOF)型変異(※2)と呼ばれています。しかし,本来の p53 によるがん抑制機能の欠損と GOF 型変異 p53 による作用が,どのように相関して発がんや悪性化の促進に関わっているのかは,未だ報告がありませんでした。生体内でのがん細胞悪性化を再現するモデルが開発されていなかった事が,研究が進まない大きな理由の1つと考えられます。
研究成果の概要
研究グループでは,これまでに大腸がん発生に重要な4種類の遺伝子変異をマウス腸管上皮細胞に導入し,転移能を獲得したオルガノイド(※3)を樹立しました(Sakai et al, Cancer Res, 2018)。オルガノイドを構成するがん細胞は対立染色体上の片側の p53 遺伝子に GOF 変異が導入されており,もう一方には野生型 p53 遺伝子が残っています。オルガノイドをマウスに移植して形成される肝転移巣の解析により,野生型 p53 遺伝子を欠損したがん細胞が選択的に転移再発している事を突き止めました(図1)。また,オルガノイドの解析により,GOF 型変異 p53 の発現に加えて野生型 p53 遺伝子を欠損したがん細胞は,オルガノイド構造が著しく変化し,転移組織での生存率が顕著に高くなることが,転移巣形成促進に作用すると考えられました。さらに,遺伝子発現解析により,以上の特異的な p53変異パターンが幹細胞性と炎症/増殖に関するシグナルの亢進を誘導し,それが転移を促進する可能性が考えられました(図2)。
大腸がんに限らず,多くのがん組織では p53 の GOF 型変異が検出され,悪性化が進行したがん細胞では野生型 p53 が欠損しています。それぞれの現象ががんの悪性化に関係していると考えられていますが,本研究ではそれらの相互作用が転移促進の鍵になることを初めて明らかにしました。
今後の展開
本研究により,GOF 型変異の p53 の機能を阻害することで転移巣形成を抑制できる可能性が示されました。将来的な大腸がん肝転移に対する新規予防・治療薬の開発戦略に大きく貢献が期待されます。
本研究は, 日本医療研究開発機構( AMED),科学研究 費(基盤(A)/基盤研究 (C)) ,および文部科学省世界トップレベル研究拠点ログラム (WPI)の支援を受けて実施されました。
図1. 肝臓に転移したがん細胞の遺伝子分析結果
大腸がん由来のオルガノイドをマウスの脾臓に移植し(上),肝臓に転移したがん細胞のp53遺伝子の状態をPCR解析した。その結果,転移したがん細胞のほとんどが野生型p53を欠損していることが明らかとなった(下)。
図2. p53変異パターンとがん転移の関係
野生型p53の欠損と,p53のGOF型変異の組み合わせは,幹細胞性の獲得と炎症/増殖に関するシグナルの亢進を誘導し,がんの転移を促進すると考えられる。
用語解説
掲載論文情報
- 論文タイトル
- Loss of wild-type p53 promotes mutant p53-driven metastasis through acquisition of survival and tumor-initiating properties (野生型p53遺伝子の欠損は変異型p53によるがん転移を生存性およびがん幹細胞特性の獲得により促進する)
- 著者
- Mizuho Nakayama, Chagn Pyo Hong, Hiroko Oshima, Eri Sakai,Seong-Jin Kim & Masanobu Oshima (中山瑞穂,ホン・チャンピョ,大島浩子,坂井絵梨,キム・ソンジン,大島正伸)
- 掲載誌
- Nature Communications
- 掲載日
- 2020.05.11
- DOI
- 10.1038/s41467-020-16245-1
- URL
- https://doi.org/10.1038/s41467-020-16245-1