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掲載日:2020.03.24 Research Highlights

分子ナノゲート「核膜孔複合体」の特定分子の発現抑制で 脳・脊髄腫瘍の制御に成功!

  • 小児に好発する脳および脊髄の腫瘍である上衣腫(※1)において高い発現を示している核膜孔複合体(※2)の特定因子を抑制することにより,オートファジー(※3)を活性化し,上衣腫を制御できることを発見。
  • 本研究成果は,上衣腫における新たなバイオマーカーや治療法の確立に役立つことが期待される

研究の背景

上衣腫は脳および脊髄の腫瘍であり,小児中枢神経系がんの約10%を占め,そのうちの30%が3歳以下の小児にみられます。世界保健機関は上衣腫を3つのグレードに分類していますが,グレードIIの上衣腫およびグレードIIIの退形成性上衣腫の分類基準が捉えにくく,現在も議論が続いています。そのため,臨床結果をより正確に予測し,個人に合った治療法を提案するためにも,上衣腫バイオマーカーの同定が望まれています。また,上衣腫が化学療法に抵抗性を持つことから,摘出手術と放射線治療が上衣腫の一般的な治療法となっています。しかし,成長中の感受性が高い小児の脳に対する放射線治療はリスクが高いと言わざるを得ず,補助的な治療法の開発が望まれています。近年,ゲノム研究およびトランスクリプトーム研究(※4)によって,上衣腫患者において有意に変化した遺伝子が同定され,分子標的として期待されていますが,いまだ臨床応用はされていません。

細胞の核を覆う膜にある穴である核膜孔は,細胞質と核の間の物質輸送における唯一の通り道であり,約30種類の核膜孔複合体因子と呼ばれるタンパク質から構成されています。これまでに,上衣腫において核膜孔複合体因子の一つであるTPRの遺伝子コピー数が増加していることが報告されていましたが,上衣腫におけるTPRの分子メカニズムは明らかになっていませんでした。

研究成果の概要

本研究では,上衣腫においてTPRが高発現していることに着目しました。ゲノム解析などのバイオインフォマティクスの手法を用いて調べた結果,上衣腫患者におけるTPR高発現と上衣腫の進展に関係性があることが分かりました。そこで,「TPRが上衣腫において,発がんやがんの進展に何らかの役割を果たしている」という仮説を立て,細胞レベルおよびモデルマウスを用いた研究を進めました。まず,上衣腫細胞のTPR発現量を低下させると,上衣腫細胞の増殖が抑制されるとともに,マウスにおいても上衣腫の成長を阻害できることを見いだしました。次に,上衣腫患者において,熱ショックタンパク質の発現制御に関わる転写因子HSF1の発現とTPRの発現に相関があることを見いだしました。HSF1はがんにおいても細胞内シグナル伝達で重要な役割を果たすJNKシグナル伝達経路を介し,オートファジーの調節をつかさどるタンパク質複合体mTORの活性化を制御しています。上衣腫細胞のTPR発現低下はHSF1mRNAの核外輸送を阻害し,HSF1タンパク質の発現減少を引き起こしました(図1)。また,TPR発現の減少あるいはmTOR阻害剤(ラパマイシン)の投与によってヌクレオファジー(※5)が誘発されていることを,TPRやオートファジーマーカーなどが含まれる二重膜小胞の出芽構造を捉えることにより発見しました(図2)。そこで,上衣腫細胞移植マウスにラパマイシンを投与したところ,TPRの発現抑制ならびにオートファジーの活性化を介し,腫瘍形成が抑制されました(図3)。以上の結果から,本研究グループは,上衣腫において,TPRの高い発現がオートファジーを阻害し,上衣腫の進展に関わっていると結論付けました(図4)。

今後の展開

本研究は,上衣腫におけるTPR-HSF1-mTOR経路をターゲットとした新たなバイオマーカーや治療法の確立につながることが期待されます。

本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金(JP 26293322,17H05874,17K08655),小林国際奨学財団,島津科学技術振興財団,金沢大学新学術創成研究機構ユニット研究推進経費,金沢大学超然プロジェクトの支援を受けて実施されました。


1. 上衣腫細胞におけるTPRHSF1の発現の相関
TPRの発現減少によりHSF1のタンパク質が減少する。

2. ラパマイシン処理による出芽様構造の出現
ラパマイシンの投与により,ヌクレオファジーが活発化していることが分かる


図3. ラパマイシン処理による上衣腫の腫瘍形成抑制
上衣腫細胞移植マウスにラパマイシンを投与すると,ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色で腫瘍組織の形成が抑制されていることが分かるとともに,増殖期細胞の減少が確認できた。


4. 上衣腫内分子メカニズム

用語解説

※1 上衣腫
脳や脊髄にできる悪性腫瘍の一つ。脳室を覆う細胞(上衣細胞)から発生したがん。
※2 核膜孔複合体
細胞核を覆う膜にある穴である核膜孔を構成するタンパク質の集合体。普段は細胞質と核の間の物質輸送を担う。
※3 オートファジー
細胞が持つ細胞内のタンパク質を分解する仕組みの一つ。
※4 トランスクリプトーム研究
細胞の遺伝子情報が転写された産物を解析する研究。
※5 ヌクレオファジー
オートファジーによる細胞小器官の選択的分解の一つで,核が分解される仕組み。

掲載論文情報

論文タイトル
Nucleoporin TPR (translocated promoter region, nuclear basket protein) upregulation alters MTOR-HSF1 trails and suppresses autophagy induction in ependymoma (上衣腫においてヌクレオポリン転座プロモーター領域(TPR)の発現上昇はmTOR-HSF1経路を変化させオートファジー誘導を抑制する)
著者
Firli Rahmah Primula Dewi, Shabierjiang Jiapaer, Akiko Kobayashi, Masaharu Hazawa, Dini Kurnia Ikliptikawati, Hartono, Hemragul Sabit, Mitsutoshi Nakada #, Richard W. Wong#
(Firli Rahmah Primula Dewi,Shabierjiang Jiapaer,小林亜紀子,羽澤勝治,Dini Kurnia Ikliptikawati,Hartono,Hemragul Sabit,中田光俊#,リチャード・ウォング#
#:共同責任著者

掲載誌
Autophagy
掲載日
2020.03.24
DOI
10.1080/15548627.2020.1741318
URL
http://dx.doi.org/10.1080/15548627.2020.1741318