金沢大学 ナノ生命科学研究所

戸田 聡

細胞機能をデザインする:人工受容体を用いた細胞の操作による組織構築や細胞医薬の開発

戸田 聡 金沢大学ナノ生命科学研究所 助教

細胞は生命の最小単位であり、私たちの体は数十兆個もの細胞から作られている。例えば、脳の神経ネットワーク、体中に張り巡らされた血管、様々な分泌・代謝を行う肝臓など、体内の臓器の構造は非常に複雑である。体が形作られる発生過程において、細胞はどうやって複雑な多細胞構造をつくり出すことができるのか。これまでの生物学研究の発展によって、発生時の細胞の挙動や作用する遺伝子は明らかになってきたが、細胞が相互作用し合って複雑な組織や臓器構造を正確に形成する仕組みはよくわかっていない。2019年10月より、金沢大学ナノ生命科学研究所に着任した戸田聡助教は、細胞機能を「合成」する合成生物学というアプローチで生物の形作りの理解とその応用を目指している。

「私は、大学は工学部の機械工学出身で、学部生の頃は車のエンジンの作り方など『ものづくり』を学んでいました。」と戸田助教は言う。「生物の発生は、いわば細胞による『ものづくり』ですが、設計図通りにパーツを組み立てて作る人工物とは大きく違って、パーツ(細胞)が互いに相互作用して自発的に高次構造を形成します。この生物特有の形作りの過程を自在に操作できるようになれば、発生の仕組みの理解も、望み通りに組織や臓器を作ることも可能になるかもしれません。」

 

生命機能を人工的に作り出す合成生物学

戸田助教は、大学院では、マクロファージが死細胞を食べて分解する貪食(ファゴサイトーシス)という現象を研究した。「貪食は、細胞骨格が大きく動いて細胞が異物を取り込むダイナミックな現象です。私は、貪食能のない細胞に、貪食に関与する分子を順番に導入して貪食の再構成を行うことで、マクロファージによる高効率な貪食機構を研究しました[1]。このような生命機能を作り出すアプローチは、自分の設計がうまく機能すると面白いし、うまく機能しないときは何が足りないのか理解を深めるチャンスになります。そこで学位取得後も、何か新しい生命現象を対象に合成生物学研究を行いたいと思いました。」

その後、戸田助教は、2015年から2019年の間、カリフォルニア大学サンフランシスコ校にポスドクとして留学し、生物の発生現象に着目して研究を始めた。「当時、イメージング技術の発展によって、胚発生時の細胞の挙動を1細胞レベルの解像度でビデオに撮ることが可能になりました。単純な細胞の塊から複雑なパターンや3次元構造が形作られる動画を見て、組織形成過程をディッシュ上で作りたいと思いました。」

 

オーダーメイドの細胞間コミュニケーションによる組織形成

細胞は、様々な受容体を使って周囲の環境を認識し、それに応答することができる。例えば、受容体が増殖因子を認識すると、細胞内分子のシグナルカスケードが活性化され、遺伝子発現や細胞分裂、細胞骨格の変化などの応答が誘導される。「細胞が複数存在すると、ある細胞のふるまいを別の細胞が認識することで、細胞間コミュニケーションが生まれます。これが原動力となって、細胞は集団として組織を作ったり、様々な高次機能を生み出します。」と戸田助教は説明する。「しかし、生体内の細胞間コミュニケーションは様々な分子を介して複雑に絡み合い、組織構造の形成を担う細胞間コミュニケーションがよくわかりません。そこで私たちは、人工の受容体を使って培養細胞間に細胞間コミュニケーションを一から構築して、細胞集団が多細胞構造を形成する条件を検証しています。」

戸田助教はこれまでに、細胞間接着の強さを制御する細胞間コミュニケーションを構築することで、細胞を自発的に規則正しく配列させて、様々な多細胞構造を形成した[2]。さらに、初期胚の発生で見られるような、分泌されたシグナル分子が濃度勾配を形成して細胞運命を制御する過程をディッシュ上で再現することにも成功した[3]。「細胞間で、認識する分子と細胞応答を自在に操作することで様々な組織形成プロセスを作り出すことができます。これまでに、多細胞構造の複雑化過程や細胞種の多様化、シグナル伝達距離やパターン安定性など様々な組織形成の仕組みを解析することができました。」

 

 

多細胞構造の形成を誘導する細胞間コミュニケーションの回路設計

 

https://nanolsi.kanazawa-u.ac.jp/wp-content/uploads/2020/03/toda-3.mp4 (movie) (動画)

自己組織化によって生じる3層構造

人工的な細胞間コミュニケーションによって自己組織化した様々な多細胞構造

 

ナノ生命科学研究所でのこれからの研究

今後、より自由に細胞の挙動を制御するためには、細胞内や細胞表面のタンパク質のダイナミクスを操作する分子ツールの開発が必要である。「分子ツールを用いて操作した細胞の挙動を、ナノ生命科学研究所のナノプローブ技術によって計測することで、分子動態がどのように細胞の形態や運動の変化につながるか解析したいと考えています。」と戸田助教は言う。「動物の発生を見ていると、内腔や突起の作り方、ノイズのない綺麗なパターンの作り方、組織サイズを一定に保つ方法など疑問は尽きません。このような複雑で動的な組織形成を実現する細胞間相互作用を明らかにして、多細胞構造を自在にデザインしたいと考えています。さらにこの技術を生かして、体内で病変を認識して治療活動を行う人工細胞や人工組織を作ることで、難治性疾患に対する新たな治療法の開発を目指しています。」

 

参考文献

  1. Satoshi Toda, Rikinari Hanayama, Shigekazu Nagata*. “Two-step engulfment of apoptotic cells.” Mol. Cell Biol. 32, 118-125 (2012)
  2. Satoshi Toda, Lucas R Blauch, Sindy KY Tang, Leonardo Morsut*, Wendell A Lim*. Science 361, 156-162 (2018).
  3. Satoshi Toda*, Wesley L. McKeithan, Teemu J. Hakkinen, Pilar Lopez, Ophir D. Klein, Wendell A. Lim*. “Engineering synthetic morphogen systems that can program multicellular patterning.” Science. 370, 327-331 (2020)

戸田 聡  Satoshi Toda
https://sites.google.com/view/satoshitodalab/home (Lab URL)

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